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2003年7月5日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.225 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第99回目
「風向きの変わり目」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第99回目
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「風向きの変わり目」
911の二周年が近付いてきました。この間のアメリカ社会は突風が吹き続けたと言っ
て良いでしょう。テロの被害が、戦争の正当化心理へと転化される、その背後には常
に一定の風が吹いていました。戦時の団結、保守化、閉じこもり、そうしたトレンド
が大きく変わることはありませんでした。ITバブル崩壊後の景気低迷も、どこかで
この風に勢いをもたらしました。
その風に乗って、支持率を維持してきたのがブッシュ政権で、その勢いの前には中間
選挙で挽回を狙った民主党の目論見は腰砕けに終わりました。大量破壊兵器開発の証
拠もなく、国連の正式な決議もないままに、宿敵サダム・フセインに戦いを挑んだ、
それもこの風の勢いのためだったのでしょう。
その風に変化が生じています。今週、ブッシュ大統領が演説を通じて、イラクの占領
への抵抗について "Bring 'em on."(かかって来い)と言った発言が、集中砲火を浴
びているのがいい例です。民主党のゲッパート上院議員は、文書で抗議文を送り「マッ
チョで、でたらめ(フォニー)なリーダーシップはいい加減にしてもらいたい」と大
統領を追及、こうした発言が政界とジャーナリズムの間ではじわじわと影響力を広げ
ています。
これまでもブッシュ大統領の言動への批判は何度も試みられました。イラクでの戦闘
終結時に太平洋上の空母で行った「着艦パフォーマンス」が国費の無駄使いと非難さ
れたのは記憶に新しいところです。ですが、その時は非難は一方的で散発的でした。
それに比べると、今回の「かかって来い」への批判は勢いが違います。背後には、落
ち着かないイラク情勢、とりわけ新たな統治の枠組みが定まらぬまま、インフラが回
復せずに米軍が憎悪の対象になってきた問題があります。勿論、大量破壊兵器疑惑の
証拠が怪しかったというスキャンダルもあって、世論のムードは深いところで揺れ始
めているように見えます。
「かかって来い」への非難に対して、ホワイトハウスのフライシャー報道官は「米軍
がいかなる攻撃にも対応できるという自信を示すための適切なコメントだった」と苦
しい説明をしていますが、第二次大戦の従軍経験のある議員から「戦争の際に『かかっ
て来い』というような不謹慎な台詞は聞いたことがない」という批判も飛び出し、今
度ばかりは政権の失点になりつつあります。そのフライシャー報道官は、有名な「燃
えつき宣言」によってもうすぐ退任します。ここにも新しい風を感じます。
勿論、いきなりイラク戦争の全面否定や、ブッシュの指導力の大幅な低下ということ
にはならないでしょう。ですが、どこかで風向きが変わり、これまでの「戦時の団結」
で何もかもが済まされた時代は、気がつくと過去のものになりつつあるようです。
3日の木曜日には、そんな風を打ち消すかのように「お尋ね者、サダム・フセイン」
には25ミリオン(約30億円)、「その息子、ウダイとクサイ」にはそれぞれ15
ミリオン(18億円)という懸賞金を出すという発表がありました。「生死は問わな
い。生け捕りか、死亡の確証で良い」というのですが、相変わらずの野蛮です。
仮に今回のイラク戦争が国際法上の合法的な戦闘だとすれば(実際は国連決議がない
ので違法性は濃厚です)、百歩譲って戦闘期間中の攻撃は合法だと言えるのでしょう。
ですが、戦闘の終結宣言を出してから、「フセイン親子の乗っているらしい」乗用車
を砲撃したり、このように「お尋ね者」への懸賞金というのでは、法秩序も何もあっ
たものではありません。明らかに「私闘」の性格を帯びています。
今回のスンニー派の抵抗を「背後でフセイン父子が指揮している」という印象に世論
を誘導して、結果的に「力で制圧」することへの正当化をしようというのでしょう。
そこには秩序につながる法治という概念とは別の無責任があるように思います。4日
には「サダム・フセイン」らしい人物の「反米の聖戦に立ち上がれ」という肉声の録
音テープが出回りました。真偽の程が怪しいだけでなく、仮に捏造であっても「どち
ら側」が出したかも定かではなく、正に混迷の象徴のようです。
日本は、いよいよイラク特別措置法を通して、自衛隊を「水の補給」に赴かせる可能
性が濃くなりました。ですが、イラクという国富のある大国にあって、しかもチグリ
ス、ユーフラテスの大河とアルメニア高地という自然に恵まれた土地で水の供給が滞っ
ているというのは、人災です。そこでは兵力を使って「水の輸送」をするのが人道的
でしょうか。違うと思います。
現地の人々が納得する政権ができる可能性を示し、秩序を回復して完全停戦に持って
ゆき、米英軍もしくはサダム勢力の壊したインフラを整備するのが肝要です。勿論、
当座の数週間は「水の輸送」が必要なのでしょう。ですが、戦闘終結から3ヶ月を経
て、尚インフラ再建への道筋がつかないのであれば、占領政策の根本が誤っていると
考えるべきでしょう。
自衛隊の派遣は10月と言われています。その時点で、尚、現地に不慣れなアジアか
らの兵が「水の補給」をしていなくてはならない、インフラ再建に当たってそんなス
ケジュールを米英が考えているのなら、10月を待たずしてシナリオは破綻している
と考えるのが常識的でしょう。新しい風がもしも本物なら、先制攻撃に始まり統治の
不可能に苦しむ米英軍による「イラク政権交替」というストーリーの無理も明らかに
なってゆくのではないでしょうか。
新しい風と言っても、良い風ばかりではありません。風が錯綜して吹き溜まっている
場合もあります。イランの核開発疑惑への圧力は依然として強く、アメリカ世論は反
イランに固定されています。イランについて言えば、宗教指導者による閉鎖的な政治
への反発から、自由化を求める運動が激しくなっており、ヨーロッパではそうしたイ
ランの反政府活動家がハンストをしたりというニュースが大きく報じられているよう
です。
ですが、6月18日のパリでのイランの女性活動家の焼身自殺事件などは、アメリカ
では大きく取り上げられてはいません。ブッシュ政権としては、現状の宗教指導者支
配を「悪の枢軸」と言って敵視していますが、その宿敵である「自由化を要求してい
る反政府勢力」も決して快く思っていないようです。心情に反米を残して「反政府」
などと言っている連中は「テロリスト」とでも思っているのでしょう。
このままイランが混迷し、イラクのスンニー派とシーア派の抗争がこれに絡んでくる
ようですと、益々この地域は不安定になるわけで、そこで原油の調達に支障が出るよ
うですと、ブッシュ外交こそ「日本の国益」に反する元凶ということにもなりかねま
せん。仮にイラク特措法による「水の補給」などという愚行に進むにしても、その
「交換条件」としてペンタゴンや国務省がこれ以上イランに対しておかしなことを画
策するのは止めさせる、日本の外交にもその位の構えは必要ではないでしょうか。
新たな風には読みにくいものもあります。リベリアの内戦が泥沼化するなかで、テイ
ラー政権に引導を渡すためというのですが、アメリカの兵力を投入する話が浮上して
います。その一方で、ブッシュ大統領は演説の中で、台湾の独立を「支持しない」と
いう姿勢を明らかにしたり、その中国はインドと急速に和解を進め、インドはチベッ
ト問題に関して反政府勢力の支援を止めるのでは、などと目新しい動きが出てきてい
ます。
リベリアについて言えば、。結果的には4日の時点でテイラー大統領は辞意を表明、
アメリカの「圧力」が効いた格好になりました。ですが、介入にせよ圧力止まりにせ
よ、フランスや国連に「世界の警察官」の登場を要請されてということで、911以
降の「反テロ一国主義」とは少し事情が違うようです。同時に、理念の奥に孤立主義
を抱えている共和党政権が、いわゆる「人道介入」にも食指を伸ばした、それはそれ
で決して健全な動きではないのですが、新しい動きとは言えるでしょう。
台湾やチベットに関する新たな動きも、伝統的な共和党の外交姿勢とは大きく変わっ
てきています。もしかすると、新しい風を読んだブッシュ政権は、二期目を目指して
「右」から「中道」へのシフトを始めているのかもしれません。「中道」が褒め過ぎ
だとしても、国旗を振りながら「反テロ」だ「悪の枢軸」だと騒ぎ続けた路線から、
ある程度の軌道修正を始めているのでしょう。
そんな中、今週の金曜日は「7月4日(ジュライ・フォース)」の独立記念日です。
911以降、ただでさえ国中に国旗があふれる中で、この祝日は異常な雰囲気が続い
てきました。「テロ警戒」の警備体制が徹底される一方、その緊張感の中で花火やコ
ンサートなどが盛り上がりを見せていました。
その緊張感もようやく緩んだようです。今年の独立記念日は、金曜日で三連休が期待
できるとあって、車で遠くへ繰り出す人が史上最高になったようです。その一方で、
警備体制は「911以前」の平常に戻る地域が多いとのこと。同時に羽目を外そうと
「二輪のツーリング族」がこれまた史上最高の台数が高速道路に繰り出すらしく、交
通事故の件数が心配されていました。
祝日の前日には、最近日本でも起きた花火工場の爆発事件が、フロリダとテキサスで
起きてしまいました。これは、気の緩みというよりも、景気を反映して予算をカット
される中で、花火師の人たちが作業に無理を重ねた側面が強いようで、やり切れませ
ん。ですが、この事件そのものは、911の雰囲気に押しつぶされるようだった、昨
年や一昨年の7月4日のものとは違うように思うのです。
夏休みに入って、SARSの余韻を残すアジアは別として、大西洋線などの航空路線
には乗客が戻ってきているようです。ショッピング・モールでは、夏物雑貨や、家電
製品などの店頭在庫を増やしているようです。一進一退の中で、「底」を探し続けて
いた景気も、どうやら転回点を迎えつつあるようです。企業業績や失業率はまだ反転
に至っていませんが、消費には堅実さが戻ってきたのを感じます。7月4日は東北部
は猛暑になりましたが、午後遅くなって買い物へ花火の場所取りへと人出が繰り出し
ました。
花火大会の中でも最も有名なのは、NYのイーストリバーで行われる「メーシーズ百
貨店主催」のものです。911以降の過去二回は、愛国ムードと厳戒態勢が異常な雰
囲気を醸し出していましたが、TVで見る限り今年は少し「まし」になったようです。
勿論、参加者には星条旗が配られていましたし、国歌に合わせた赤白青の派手な花火
もありました。
ですが、その前に「主催者の演出として」ナレーションが流れ、フランクリン・D・
ルーズベルト大統領が建国の精神の解釈として行った「言論の自由、信教の自由、恐
怖からの自由」という一節が朗読されました。それ自体は「愛国演出」に他なりませ
ん。ですが、7月4日というこの日は血なまぐさい戦勝記念日ではなく、世界初の共
和革命の宣言を行った理想主義の記念日である、その原点に少し戻りつつある、ある
意味では健全な演出でした。
勿論、その演出の過半は偽善と言われても仕方がありません。同時にイラクで進行し
ていることを考えれば、それは容易です。ですが、「言論や信教の自由」というよう
な言葉は、偽善であっても、こうした場では語られなかったのがこの二年間であった
ならば、これもまた、新しい風には違いありません。
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JMM [Japan Mail Media] No.225 Saturday Edition
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独自配信: 85,274部
まぐまぐ: 19,107部
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発行部数:117,256部(6月30日現在)
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