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イラク市民の笑顔の裏側 強者に手振るは自衛の術
小倉孝保(カイロ支局)
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◇米に抜きがたい不信感
フセイン政権崩壊直後にイラク入りし、各地を取材して回った。再会した友人は、旧政権に近かった者もそうでない者もほとんどが独裁政権崩壊を歓迎していた。しかし、笑顔の裏に屈折した感情があるのに気付く。人々が笑顔で米軍を迎えたことをとらえて「戦争はやむを得なかった」とするのは、一方的な発想ではないかと思う。
取材中、涙が込み上げてきたことが2回あった。イラク軍の残した爆発物で遊んでいて負傷した3人の子どもが、血だらけになり、病院で母を呼び続ける姿を見た時。3人の子どもはその後、死亡した。これについて涙の理由を説明する必要はないだろう。もう一度はプロサッカーの再開を競技場で取材した時だ。サッカーでの涙は、観客数千人が試合前、立ち上がり、「サダム(フセイン大統領)のばか野郎」と声を合わせ叫んだ時だった。観客は満面の笑みで体を揺すり、こぶしを振り上げ、自由にものが言える喜びを表現した。以前、見たサッカー場での暗い表情を思い出し「おめでとう」の気持ちが心を満たし胸が熱くなった。
国民が解放を心待ちにしていることは予想できた。独裁か自由か、恐怖政治か抑圧からの解放かと問われれば、解放され自由を享受することがいいに決まっている。米国が世界中の独裁者から市民を解放するなら、こんなに喜ばしいことはない。
しかし、今回の戦争で問題となったのは、独裁者を排除すべきかどうかではなかったはずだ。対テロ、大量破壊兵器問題を口実にして何が何でも武力行使という米国の姿勢に国際社会は危険なにおいを感じたのだ。
また「他国による解放」は侵略、占領と背中合わせであることも指摘したい。米軍を歓迎するイラク人にしても、じっくり観察すると内心は違う場合が多かった。最も親しい友人のムハンマドさん(32)。大統領の長男ウダイ氏が委員長を務めるイラク五輪委員会所属の通訳だった。政権政党バース党のメンバーでありながら批判的で2人だけになると「この政権をつぶしたい」と語っていた。政権崩壊直後、ムハンマドさんは、米軍車両に「ようこそ」と手を振っていたが、その後、自分が描いていた将来像と現実との間に少しずつギャップを感じ始めたという。
米軍駐留反対運動が盛り上がるバグダッド郊外の町を訪れた時だ。住民の運動を抑えるために米兵が乱射した跡がタクシーに残っていた。ハチの巣状態だった。米軍が駐留していた学校に入って驚いた。小学2年生の木机には「クレイジー」と彫られ、壁には「くそ食らえ イラク」と書かれていた。米兵が残した落書きだ。ムハンマドさんは「どうして、こんなことまで…」と唇をかんだ。
私とムハンマドさんはバグダッドで車両検問に引っ掛かったことがある。武器狩りだった。ライフル銃を抱えた米兵は「すぐに降りろ」と命じ、徹底的に調べ、運転席の下から木の棒を見つけた。米兵は銃口を向け「これは、何だ」と叫んだ。ムハンマドさんは「ボンネットを支えるための棒だ。武器でない」と説明する。ヘラヘラと笑った米兵は「お前にこんなもの必要ない」と取り上げ、どれだけ抗議しても返してくれなかった。車に戻ったムハンマドさんは「ここは、もはやイラクではない」と吐き捨てた。
独裁者を排除してくれたという意味では、イラク人は米軍に感謝している。しかし、「サダムこそCIA(米中央情報局)の手先」という考えが根強いのも事実だ。米軍に向かって手を振る者でも話を聞くと「サダムを育てたのは米国だ」と語るのだ。大国にほんろうされ続けた歴史を持つイラクの人々は、強者に手を振ることで自衛する術(すべ)を知っている。大統領に対しても心から忠誠を誓うふりをしていたのだから。
フセイン政権下で弾圧に遭った人々の集団墓地を訪ねた時も、イランとの関係を疑われて行方不明になった家族を捜す住民に同行した時も、住民から米軍への感謝の言葉はなかった。あったのはむしろ、「米国がフセイン政権を支えなければ、こんなことにならなかった」との言葉だ。
「7月にまた会おう」と別れようとした時、ムハンマドさんは「米兵への自爆攻撃をしていなかったらね」と冗談ともつかぬ答えをした。イラク国民はどんなに抑圧されてもフセイン政権に対しては自爆という発想はなかった。
人々の笑顔の裏には米国への抜きがたい不信感がある。イラク人自身が民主的政権を作るまで、不信感は消えないだろう。今、私は米国の独りよがりの戦争が、友人を再び悲しみのふちに追いやるのではないかと心配している。
メールアドレス kishanome@mbx.mainichi.co.jp4月9日、バグダッドで、フセイン大統領像にかぶせられた星条旗が外されイラクの国旗が顔面にかけられた=ビデオ映像から、AP
(毎日新聞2003年6月4日東京朝刊から)
http://www.mainichi.co.jp/eye/kishanome/200306/04.html
少し古い記事ですが、イラク市民の気持ちを表現していると思います