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UBS証券会社 チーフエコノミスト 白川浩道氏 クイックエコノミスト情報
1.景気見通し:「景気は足元リセッション」
実質GDP成長率は、足元4-6月期、7-9月期とマイナス成長となる見込みである。生産活 動が踊り場を迎え、個人消費の減速感が強まるとともに、企業設備投資も一休み状態に なることが予想されるためである。10-12月期までには米国景気の回復がより鮮明になる ことで外需環境が改善し、生産の緩やかな拡大、消費者マインドのリバウンドが生じる ものと予想しているが、それまでは、国内景況感の緩やかな悪化が継続するであろう。
足元の景気下押し圧力としては、アジアの内需減速による輸出の減速が最も大きなも のである。中国では、SARSの影響こそ限定的なものに止まっているが、ここ2-3年の投資 ブームによる需給ギャップの拡大が観察され始めており、製造業の設備投資のスローダ ウンが予想される。この結果、アジア全体でも、雇用拡大がピークアウトし、個人消費 の緩やかなスローダウンが生じるものとみられる。米国景気の足腰が磐石になるまで、 アジア向けの輸出減速が景気の足を引っ張ることになる。
輸出減速を受けて、鉱工業生産の緩やかな調整も継続する見込みである。在庫水準が 極めて低い状態にあることから、生産の大幅な調整は生じまいが、生産拡大も望めない 。この結果、消費者マインドも、横ばい状態から抜け出すことはないだろう。そうした 中で、ボーナス時における社会保険料負担の増加を受け、7-8月にかけて、個人消費調整 圧力が高まるものと予想する。7-9月期には、輸出、生産、個人消費の同時的な減速が生 じることになるものとみている。
企業設備投資は、企業収益との関係では、循環的な回復局面にあるとみられるが、生 産調整の下で製造業の投資意欲の大きな高まりは期待できない。注目は、引き続き、非 製造業のIT関連投資である。しかし、非製造業、特にIT関連3業種(通信、金融業、ITサ ―ビス業)における投資の回復が顕在化するのは、10-12月期であろう。それ以前にIT投 資の回復を実感できる可能性は低いと考えられる。
2.金融環境:「イールドカーブはスティープ化」
金融市場における最大の焦点は、債券価格の持続的な下落、すなわち、長期金利の持 続的な上昇、が生じるかどうか、である。この点に関して、まず確認しなくてはならな いことは、日本の国債市場が2001年末以降、米国消費者物価との連動性を大きく高めて きたという事実である。日本の国債市場のプレイヤーは、「世界的なディス・インフレの 深刻化」をテーマに国債を買い続けてきたわけである。従って、長期金利の趨勢的な上昇 が生じるかどうかは、米国消費者物価の動き次第であると言っても過言ではない。その 米国消費者物価に関しては、その前年比が、近いうちに緩やかな上昇に転じる可能性を 否定できない。なぜなら、米ドル相場下落による輸入物価の上昇や、昨年の循環的な景 気回復による米国内の需給ギャップ縮小、が国内最終物価に反映される時期が近づいて いるとみられるためである。
さらに、重要な点は、米国FEDがこうした消費者物価前年比の緩やかな上昇の可能性を 視野に入れながらも、追加的な金融緩和に踏み切ったことである。米国FEDは、株価の堅 調推移の下での消費者物価下げ止まり期待といった追い風を受けながらも、金融緩和の 手綱を緩めていない。米国では、既に、前年比2%の消費者物価コア上昇率を下限とした 、インフレ・ターゲットが事実上採用されているものと考えることができる。こうした米 国FEDの政策運営によって、消費者物価前年比の下げ止まり期待が一層強まる可能性があ る。
こうした状況で、日本のイールドカーブもスティープ化するであろう。問題はその程 度であるが、それを決める最も重要な要素は、日本におけるマクロ政策ミックスの方向 性である。
日本にとっての政策シナリオは2つある。円相場の堅調推移を容認して財政出動を拡大 させるか、円安誘導を目的に金融の量的緩和拡大を選択するか、である。前者の政策は 、米ドルの軟化を認め、米国経済のディス・インフレからの早期脱却をサポートする一方 、国内においては、円相場堅調から生じる短期的なデフレ圧力を緩和する目的で拡張的 な財政出動を実施する、というものである。他方で、後者の選択肢は、米ドルの一段の 下落を容認せず、円安誘導によってデフレ圧力を避けながら、流動性の拡大によって株 価維持を試みようとするものである。
前者の場合には、米国ディス・インフレの早期収束期待と拡張的財政政策による内需期 待によって、長期金利の上昇幅はかなり大きなものとなる一方、後者の政策であれば、 それは限定的なものとなるだろう。前者の政策はかなりパワフルな需要刺激策である一 方、後者の政策は需要刺激に至るまでの距離がある政策だからである。
日本の景気の早期回復という観点からは前者の選択肢を採用することが望ましい。し かし、政府は後者の選択肢を採るであろう。なぜなら、前者の選択肢は、実質長期金利 の大幅上昇をもたらすため、財政再建路線に重大な支障を来たすリスクが大きいからで ある。金融システムへのショックという問題もさることながら、政府とすれば、自らの バランスシートへのマイナス・インパクトはなんとしても避けたいと考えるのである。日 本の当局が一段の米ドル安を認めなければ、米国経済におけるディス・インフレ状態の解 消は一気には進まない。従って、日本が米国経済の早期復活に賭けることも困難となる 。しかし、その結果、長期金利の反転上昇も限定的なものになる可能性が高い。イール ドカーブはスティープ化するといっても、大幅なものにはなりそうもない。10年債利回 りで0.9%強が目先の限界ではないだろうか。
3.注目点:「日銀法改正」
日銀法改正論にそろそろ注目しなくてはならない。日銀は金融緩和を追加していく中 で、購入対象資産のメニューを拡大する方向を明確に打ち出すものとみられ、政府もそ れを後押しするだろう。財政政策が緊縮的な運営を堅持する下で政治からの要請が強ま るためである。また、より明示的なインフレ・ターゲット導入に傾きつつある米国FEDも 日銀の追加緩和を望む可能性が高く、日銀は「仲間内」からの圧力にも晒される。日銀が 様子見スタンスを取れる環境にはないと言える。そして、そこでの議論の中心課題とし て日銀法改正が遡上に上ってくるであろう。現在、日銀は、金融調整目的では、債券と 手形しか購入できない。これを「有価証券全体」に拡大することができれば、日銀は大義 名分にこだわることなく、ETF等の購入に踏み切ることが可能となる。10-12月の政策論 議の目玉となることが予想されるが、早ければ、7-9月期から議論が本格化する可能性が あり、眼を離せない。
<白川浩道氏略歴>
1961年生。83年慶応義塾大学経済学部卒、日本銀行入行。金融研究所エコノミスト、88- 89年米国ワシントン大学経営大学院博士課程、調査統計局副調査役、国際局調査役、金 融市場局調査役を経て、99年11月より現職。91-94年の3年間、経済協力開発機構(OECD) 経済総局にエコノミストとして出向。債券市場分析、金融政策分析に関する論文多数。 共著に「マネーサプライと経済活動」(東洋経済新報社、96年)。東洋経済「統計月報『エコ ノミスト・コンセンサス』」、などのコメンテータ。エコノミスト人気調査ランキング7位 (2003年3月24日付日経金融新聞)。