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宮崎正弘の国際ニュース・早読み
平成15年(2003) 7月3日(木曜日)
通巻639号
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人民元切り上げ圧力は本物か?
米国の口撃(こうげき)目標は通貨なのか、中国経済そのものなのか
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「“独り勝ち”の様相を見せている中国経済の強さの背景に安価な労働力が指摘されてきたが、加えて、人民元が経済の実態以下に抑えられているのが原因との分析が日米専門家の間でなされている。とりわけ米国ではそうした声が強く、米財務長官が人民元切り上げを求める発言を重ねている。一方、日本にも「中国はデフレを輸出している」といった声があり、中国の為替問題が世界経済の大きな課題となる可能性もある」(産経新聞、7月1日、一面トップ)。
拙著「円vs人民元」(かんき出版、02年)のなかでも小生は早くから人民元切り上げのシミュレーションを行ってきた。
というのも人民元レートは米国ドルにペッグされた準固定相場で、現在は一ドル=八・二七六〇から八・二八〇〇元前後。
これまでは香港ドルと連動した人民元だった所為で国際社会は固定相場を容認してきた。香港は70年代の通貨危機のときに「特例」としてドル固定相場をIMFが認めた。
その人民元が切り上げになる?
たとえ切り上げになったとしても、日本にとっての直接的影響は微少にとどまるだろう。なぜなら米ドルが高くなれば、人民元も高くなり、ドルが下落すれば人民元は自動的に下落を繰り返す。だから日本は恒常的になれてきた。つまり日本円にとって人民元は事実上のフロート制だからだ。
たとえば一元が14円となるときもあれば、18円になるときもある。後者の為替レートのときに中国へ行くとホテル、レストランの料金がべらぼうに値上げされた錯覚も起こりやすい。
米国が執拗に人民元切り上げ圧力をかけるのは米国の対中貿易赤字の拡大、これに競争力を失って地元産業を抱える連邦下院議員や全米製造業組合がワシントンに政治的プレッシャーをかけるからである。
スノー財務長官は、このところ中国通貨への発言を繰り返している。人民元高容認を強く示唆する発言内容で、いまや800億ドルにも達する貿易赤字は米国産業界の忍耐の限界を超えているからだ(チャイナバッシングのおかげでジャパンバッシングはなくなった)。
ブルームバーグのウィリアム・ペセク記者はこれを「スノー長官の奇妙な中国政策」と論評した(同紙、6月30日付け、ヘラルドトルビューンより転載)。
しかし中国にとって人民元切り上げは「恐怖のシナリオ」である。
SARS騒ぎ以後、「大国ナショナリズム論」としての人民元切り上げ論は急速に陰を潜めた。
昨年春まで中国人自身が「これだけ経済が強いのに人民元が弱いのは大国に相応しくない」と豪語していたため、筆者などは人民元切り上げは早いと予測して「円vs人民元」を書いたのだ。それから二年近く、切り上げは見送りになっていた。
第一に人民元は、ドル・ペッグ体制だから、米ドルがやすくなれば、自動的に人民元は暴落し、ドル高になれば人民元高騰で、日本の輸出力がつく。となると日本からの資本導入が激減することになり、中国にとって致命的なマイナス要素である。
第二にSARS騒ぎで止まった海外からの中国投資が再活性化しない限り、中国は経済的頓挫を回避出来ないことは明らか。
第三に「四大銀行の不良債権が50%を越えた」(S&P社)いま、むしろ人民元の切り上げは逆効果で市場に猜疑心を生みやすい。なぜなら国債の暴落は時間の問題であり、そのとき通貨は暴落傾向になるからだ。
従って北京の指導層にとって、大国の威信、通貨主権ナショナリズムという問題を脇に押しやってでも、人民元切り上げは「できない相談」なのだ。
庶民のポピュリズム重視に走る中国の胡錦濤政権は、SARS災禍以後の中国経済の舵取りを高い成長率維持におかざるを得ず、そのためには海外からの投資環境のさらなる優遇措置と増大にあると見ている。外貨が中国から去れば恐慌前夜状況に陥る危険性がある。
6月下旬の記者会見でも温家宝首相は「日本が中国から安価な製品が流れ出す「デフレ輸出」の抑止を目標として要求している人民元の切り上げに言及し、
「よりよいメカニズムを引き続き求める」と発言するにとどめた。
人民銀行の周小川・行長(日銀総裁に匹敵)は、スイス・バーゼルでのBIS(国際決済銀行)年次総会に出席し(6月27日)、「中国の対外貿易は、今年に入ってバランスをほぼ保っている。外貨準備高の大幅な増加は主に資本の流入によるものだ」と指摘した。
従来、中国からの資本流出が続出していたが、「現在は一部資本が流入に転じた」と強調した。
肝心の人民元切り上げに関しては、
「為替レートのシステム整備を進め、人民元の安定を保持していく」とだけ発言した。
輸出を鈍化させれば国内経済が頓挫しかねない。そのおそれを抱くのも、中国経済のいびつな性格を共産党自身が自覚しているためである。しかし中国は、突如米国から吹き上げてきた、この人民元切り上げ圧力を如何にして回避するのか。