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視力回復に向けて開発が進む「バイオニック・アイ」
Lakshmi Sandhana
2003年7月16日 2:00am PT ふと話している相手の目を見ると、瞳の奥のシリコンチップが静かにこちらを見つめている――このようなことが近いうちに現実になるかもしれない。
もはや「バイオニック・アイ」は、ドラマ『600万ドルの男』に出てくる主人公のサイボーグだけのものではない。何種類かの、生体工学に基づく「目」が、最も必要とされる分野──視覚障害者の視力回復──に登場しはじめているのだ。
南カリフォルニア大学のケック医科大学はこれまでに、3人の被験者へ、恒常的に使用できる「人工網膜」を移植することに成功した(日本語版記事)。被験者は超小型ビデオカメラのついたメガネをかけ、このビデオカメラが、被験者の耳の後ろに埋め込まれたワイヤレスレシーバー経由で、4×5ミリの人工網膜に信号を送る。
この装置は、ビデオカメラで捉えた視覚信号を、16個の電極を含む人工網膜に送信するという仕組みになっている。信号は、電極により、被験者の目に残っている正常な網膜細胞を刺激することで再生され、その情報が視覚神経を通じて脳に届けられる。
ケック医科大学のマーク・フマユーン教授(眼科学)によると、最初に治療の対象とする患者は、かつて視力があったが、網膜色素変性症や加齢にともなう黄斑変性症といった種類の視力障害が原因で視力を失った人を想定しているという。
「こうした患者で成功すれば、その後、たとえば先天的に視力がない人など、他の種類の視覚障害に対する使用について検討されることになる」とフマユーン教授は言う。
これまでのところ、人口網膜の移植を受けた患者の中には、明かりのオン/オフを識別したり、物の動きを説明したり、物の個数を数えたりできるようになった人もいる。仮に電極の数が1000個以上になれば、相手の顔を識別したり、大きな文字を読めるようになると考えられている。
オーストラリアのニューサウスウェールズ大学の研究者、ナイジェル・ラベル氏は、100個の電極からなる人口網膜の移植に取り組んでいる。ラベル氏によると、これにより患者は、昼夜の区別、障害物の感知、初歩的な読書が可能になるだろうという。「実際、100チャンネルというのが限界に近い」とラベル氏は言う。「いくつかの方法があるが、だいたいその近辺の数字になっている。ただし今のところそれは最も重要な問題というわけではない」
これらのアプローチでは体外にカメラが必要だが、米オプトバイオニクス社のアラン・チョウ氏は、センサーを搭載したシリコン製の網膜の開発を考えている。4000〜5000個の極小の太陽電池を含むシリコンチップが、目に本来備わったセンサーの代わりに機能する。
しかし電子機器を入れることで、問題が起こるかもしれない。というのは、目には塩分が多いなど、腐食性があり、電子機器を機能させるには適切な環境とは言えないのだ。「生体適合性がある素材も見つかっており、それなら組織に深刻な拒絶反応を生じさせることなく体内に埋め込める」とラベル氏は電子メールで回答した。「チョウ氏の機器は(私の知る限りでは)生体適合性はないようだ」
カリフォルニア州に本社のあるビジョンケア・オフサルミック・テクノロジーズ社は、豆つぶぐらいの大きさで、片方の目だけに移植する「移植式超小型テレスコープ(写真)」(IMT:Implantable Miniature Telescope)を開発している。IMTは目の本来のレンズの代わりに、網膜の損傷していない部分に画像を投影することで「正面の」中心視を可能にし、もう片方の目が周辺視を担当する(イメージ)。
この技術は、視力障害はあるが視力を完全には失っていない人にとって救いとなる。周辺視が損なわれていない人には、IMTは大きな味方となるかもしれない。
「中心視は、日ごろの行動や細かい作業を行なう上で最も重要だ」と、ビジョンケア社の営業および市場開発責任者、チェット・クマー氏は言う。「レシピを読んだり、人を識別したり、コンピューターやテレビを見るのに、中心視は欠かせない」
これまでのところ、この機器を移植した患者の多くは、視力測定において2〜3段階視力が向上している。現在は臨床試験の最終段階にあり、ビジョンケア社は2年間に及ぶ試験で200人の患者を被験者とする予定で、終了時には、米食品医薬品局(FDA)の認可を受けるのに十分なデータを得られるだろうという。
「われわれの目標は、こうした人々がある程度の機能的な視力を回復できるようにすることだ」とクマー氏は話す。「完治ではないにせよ、毎日の活動や趣味を極力他人の助けを借りずに行なえるようになると思う」
米ドーベル研究所のブレイン・インプラントと呼ばれるアプローチでは、外部カメラを使い、視覚野に付けた電極を介して直接脳に信号を伝達する。この方法では、正常な網膜は一切必要とせず、多くの種類の視力障害の治療が可能となるが、脳へ刺激を与える部位の特定がかなり難しいという問題がある。
バイオニック・アイが実現するまでには、少なくともまだ5年はかかるというのが大半の見方だ。ただし専門家たちはこうした技術を有望視している。『視覚障害と戦う財団』の最高科学責任者であるジェラルド・チェダー氏は「網膜や(大脳)皮質へのチップの移植技術は大きな進歩を遂げているが、これらのアプローチがいずれも最終的に有効かどうかがはっきりしていない」と話す。
ただしチェダー氏は次のようにつけ加えた。「まだ多くの技術が予備研究の段階だが、こうした移植手術によって、いつかは患者の視力が、助けを借りずに歩行できるくらいにまで回復する可能性は高いと考えている」
[日本語版:高橋達男/多々良和臣]
http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20030722301.html