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太田述正コラム#130(2003.7.7)
<イタリアのベルルスコーニ首相の「失言」>
このコラムで私が指摘してきた、イラク戦争におけるアングロサクソン文明と欧
州文明の対立の構図について、「欧州」(私は「西欧」とinterchangeableにこの
言葉を使っています)にあって、ドイツ、フランスに次ぐ大国であるイタリアとス
ペインが対イラク戦に賛成したではないか、一体どこにアングロサクソン対欧州の
対立の構図が見られるというのか、という反論が寄せられるのではないかと思って
おりました。しかし心優しい読者が多いのか、これまでのところお見逃しをいただ
いているようです。
ではイタリアやスペインは欧州文明のアウトサイダーなのでしょうか。
決してそんなことはありません。
イタリアの世論とスペインの世論は開戦前も後も、一貫してイラク戦争反対が圧
倒的多数を占めているという点でドイツやフランスと全く同じであり、米国はもと
より、(開戦前は反対の世論が多かったけれど開戦後は逆に賛成が多数に転じた)
英国やオーストラリアとは決定的に違っています。イタリアもスペインも政府がそ
れぞれの思惑をもとに対イラク戦に賛成しただけであって、世論に訴え、これをリ
ードするだけの信念も気概も持ち合わせていなかったというところではないでしょ
うか。
スペインを俎上にのせるのは別の機会にゆずることとし、今回は(同国がファシ
ズム発祥の地であることを持ち出すまでもなく)イタリアが、民主主義独裁の文明
であるところの欧州文明の嫡子の一つであり、従ってアングロサクソンとは文明を
異にする存在であることを、同国のベルルスコーニ首相の人物像の紹介を通して明
らかにしたいと思います。
ベルルスコーニ首相は、最近「失言」問題で日本のマスコミでも取り上げられた
ばかりです。
彼には汚職の嫌疑がかけられているのですが、先だって開催された欧州議会の席
上、ドイツの欧州議会議員のマーチン・シュルツが、半年交代のEU議長職に就いた
ばかりのベルルスコーニに対し、本人がイタリア首相職に在任する間は刑事訴追さ
れないとの法律がイタリアで制定されたことを質した際、「現在イタリアで、ある
人がナチスの強制収容所についての映画を製作中だが、その映画に登場する監視役
を演じるのをあなたにお勧めしたい。まさにはまり役だ。」(監視役は通常、囚人
の中から選ばれる)と述べ、大問題になりました。ドイツのシュレーダー首相を始
め、オランダやルクセンブルグの首相もベルルスコーニ発言を非難しました。ベル
ルスコーニはシュレーダーに電話して遺憾の意を表明したのですが、その時ベルル
スコーニが「謝罪」したのかどうかをめぐってまたまた議論が起こっています。
(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A6876-2003Jul3.html。
7月6日アクセス)
しかし、これは決して「失言」ではなく、1994年にイタリア政界に登場した、欧
州随一の危険な政治家たるベルルスコーニの本質をあらわすものだと指摘するのが
英ガーディアン紙に掲載されたマーチン・ジャック(ロンドン・スクール・オブ・
エコノミックス客員研究員)による論説です。
ジャックは、ベルルスコーニは「欧州の極右人種主義者たる・・<オーストリア
の>ヨルグ・ハイダー、<フランスの>ジャン・マリー・ル・ペン、<暗殺された
オランダの>ピム・フォーチュイン」らよりもはるかに危険な人物であり、「西側
の民主主義はナチズムの敗北以来の最大の」、ただし「外部からではなく内部から
の・・脅威に直面している」と警鐘を鳴らします。
西側の民主主義はおしなべて、市場万能主義、メディアによる支配、金権という
三つの圧力に晒されているが、イタリアの状態が最もひどく、ベルルスコーニ体制
はファシズムの記憶と痕跡を残すイタリアにおいて生まれつつある、(ファシズム
とはひと味異なる)新しい全体主義へと向かう移行期の体制だというのです
(http://www.guardian.co.uk/italy/story/0,12576,992071,00.html。7月5
日アクセス)。
ベルルスコーニのキャリアは、ミラノの学生バンドのバックコーラスの一員から
始まりました。それから手がけたのが不動産業であり、これに成功すると商業テレ
ビ放送、出版、広告業に乗り出しました。その手口はもっぱら、法律の裏をかいく
ぐり、或いは政治家に近づいて法律を自分の有利な形に改めさせるというものでし
た。
やがて彼はサッカーのプロチームのACミランを買収し、これを屈指の名門チーム
に育て上げます。そしてこのチームを応援する観衆にForza Italia!(イタリア頑
張れ)と叫ばせます。やがて50歳を過ぎた彼は10年前に新しい政党を率いて政界入
りするのですが、この政党はForza Italia!と名付けられます。この政党は口当た
りの良い標語は羅列していますが、政策らしい政策はありません。しかしそんな政
がイタリアで第一党にのしあがっているのです
ベルルスコーニの宮殿のような邸宅はミラノ郊外にあります。(このほか4−5
カ所自宅があると言われます。)邸内には100トンもの大理石を使い、彫刻で飾られ
た、ファラオのものかと見まがうような地下陵墓があり、その玄室の真ん中には装
飾付きの彼の大理石棺が置かれ、周囲には彼の家族と「友人達」用のスペースが多
数確保してあります。現在の二番目の奥さんは元女優です。
(以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/30452
60.stm(7月6日アクセス)による。)
ここでジャックの語るところに更に耳を傾けることにしましょう(このブロック
はガーディアン前掲による)。
・・・・・ベルルスコーニはイタリアのメディア王であり、イタリア一の大金
持ちだ。彼は自分が所有している三つのテレビチャンネルと数紙の新聞を自らの政
治目的達成のために全面的に利用して恥じるところがない。
2001年に首相に就任して以来、彼はこのメディアの力とカネの力で自分に刃向か
う可能性のある勢力・・国営放送、最有力紙、検察・裁判所等・・を、気骨のある
人物を次々に辞任に追い込むことによって骨抜きにしてきた。そしてついには、刑
事訴追されない「権利」まで獲得し、自らを法の上に置いた。シュルツ議員を貶め
た発言は、国内の「敵」を同じように貶めて葬ってきた彼のやり口そのままだ。
既に再選されているベルルスコーニが三選されるようなことがあれば、イタリア
の民主主義は修復不可能な傷を負うことになるだろう・・・・・。
そのベルルスコーニは、欧州の独仏両大国に楯突き、米国と同調することでイタ
リアの国威を発揚し、一時的な世論の逆風をやり過ごした上で、将来の政権基盤の
一層の強化を図ろうとしていると思われますが、イラク戦争に賛成したり、パレス
ティナのアラファト議長を「無視」したり)の「努力」が実り、ブッシュ米大統領
はベルルスコーニに、テキサス州クロフォードの私邸に招待するというご褒美を与
えました((http://news.ft.com/servlet/ContentServer?
pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1054966679767&p=101257
1727102。7月6日アクセス)。
果たしてベルルスコーニの位置づけは、同じくクロフォードに招待された、同床
異夢の江沢民と同じなのか、それとも同志ブレアに準じるのか、ブッシュ政権の見
識が問われています。
ところで皆さん。日本の政治もそう捨てたものではないという気がしてきたので
はありませんか。あたりまえです。私がかねてから指摘しているように、日本は戦
前、既に当時の英米に次いで成熟した民主主義国家でした。ですから、戦後いかに
吉田ドクトリンの下で政治が停滞し「腐敗」したといっても、現在でも日本が民主
主義最先進国の一つであることには違いないのです。
http://www.ohtan.net/column/200307/20030707.html#0