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■マスコミの偽善と医療の市場原理の導入 ／和田秀樹
東部地域病院という地域の中核救急病院で、かつぎこまれた5歳の子どもが
6時間にわたって、事実上放置され、そのときには入院していたにもかかわらず、
次に医者が見に来たときには呼吸も心拍も止まっていたというとんでもない医療
ネグレクト事件が起こった。
この事件について、母親に同情が集まり、病院の対応についてテレビのワイド
ショーも新聞も週刊誌もいっせいに非難している。
しかし、私にはこれは偽善にしか思えない。
もちろん、私の基本的な考え方としては偽善でもいいことをするなら動機は
問わないと言うことはあちこちで書いている。
人にほめられたいから、選挙に勝ちたいから、お金がほしいから、女にもてたい
からと動機が不純であっても、たとえば善政を行い、民がそれによって幸せに
なれるならそれでいい。逆に動機は正義の味方のつもりでも、ゆとり教育のように、
結果的に国民の学力を下げ、貧乏人のチャンスを奪い、階層分化に力を貸すだけで
なく、かえって校内暴力や生徒間暴力が増え、子どもを不幸にするようなもので
あれば、そんなものはいいことをしていることにならない。正義の味方と思い込んで
いるだけ、やっている側が変わりにくい分むしろたちが悪い。
だから、私は動機で善悪を決めるのでなく、結果で決めるべきだと思っているし、
そういうわけで動機が汚い人でも結果的にいいことをする人を偽善と呼ぶ気はない。
マスコミの態度が偽善というのは、正義の味方ぶって、結果に影響を及ぼさ
ないし、また自分たちが実際のところではびびっているからだ。
要するに、やった医者の実名告発をしていないことが許せないのだ。
こんなことでは、次に同じ事件が起こることの抑止にならない。
ワイドショーを見て妻がいみじくも言ったが、「これじゃ、あんたがその当直医
だって誰もわからないわよね」と。
まったくその通りだ。
その私立の医学部を出て小児科医になって8年目という中堅医師である当直医
（私が名前を知っていれば書いてやりたいが、週刊朝日ではここまでしか書いて
いない。ただ、匿名の投書をよせてもらっても、私のスタッフ力では、真偽を確認
できないので、その名前をそのまま載せることができないのは残念である）は
いまものうのうとおいしいものを食べて幸せに暮らしていることだろう。
つまり、同じことをしても、名前が世間には知られなくて済むことを、むしろ
全国の医者に教えることになった。「俺たちは法律に触れない限り、何をしても
守られる」と。
業務上過失致死で逮捕されることになれば、やっと実名報道もされることだろう。
マスコミが及び腰である以上、検察と警察にがんばってほしい。
おそらくは、薬害エイズの事件で、安部元副学長が無罪になったり、櫻井よしこ
さんに損害賠償を求めた裁判で、むしろ安部氏が勝ったりした経緯から、うちも
訴えられたらかなわないとマスコミが逃げているのだろう。偉そうに正義の味方面を
しても、結局は自分の身はかわいいし、自分だけは守られていたいのだ。
イラク戦争の際にも明らかになったが、死ぬのが怖くて、アメリカに守られた
形でしか大マスコミは報道できなかった。それならアメリカ批判などしなければ
いいのだ。「アメリカさまに守っていただいての報道ですから、若干のバイアスが
かかることを改めてお伝えします」とでもことわって報道を続ければいい。そして、
先進国のマスコミの中で、日本の記者の暗殺率や死亡率は最低とのことである。
命をはって報道をしていないのである。
この手の実名報道について思い出すのは、アメリカのドキュメンタリー番組で
ある『60ミニッツ』である。どんなことにでも、堂々と実名報道をする。
取材拒否や相手方の弁護士の手紙も堂々と公開する。命がけで報道する国の
メディアのあり方の爪のアカでも煎じて飲んでほしい。
その上、大マスコミに関して言えば、世界でいちばん会社から保証された給料が
高い。もちろんアメリカでできのいい記者は自分で本を書いた収入で大金持ちに
なる人はいくらでもいる。しかし、日本の場合は、保証された給料が高い。それ
なのに、銀行であれ、役人であれ、給料が高いとのうのうと批判し、構造改革の
必要性を叫ぶのである。
だから、今回の報道は次からの抑止に働くどころか、次からも放置しても大丈夫と
世の医者に教えることになった。医者がそれでこういうことをやめるかどうかは
モラルの問題だが、私自身は自分が性格が悪いので性悪説である。正義の味方ぶった
報道が、結果的に悪いことになるのが心配でしょうがない。
ただ、私も実名報道だけで抑止につながるとは考えていない。
医者が何かをすれば、それに対してアメを考えずにムチばかり増やす傾向がある。
でも、これでは、「逃げの医療」を誘発するだけだ。この東部地域病院にしても、
これにこりてベッドが満床だから入院を引き受けないと言って逃げたり、「当直が
専門医でない」といって逃げたりすることは可能だ。引き受けてしまうと責任が
生じるのなら、逃げるが勝ちというわけである。これがもちろんたらい回しを誘発
している。
これについての解決法を考えないと、まじめにやっているところのほうがかえって
医療ミス裁判を受けて、簡単な手術しかやらない、軽い患者さんだけしかみない病院
ばかりが儲かることになる。
どう解決するかについても、マスコミの偽善にさらされることだろう。
私は、やはりマーケットメカニズムの導入しかないと考えている。
ちゃんと救急医療をやればお金がたくさん入るようにするのだ。
どんな救急患者でも受け入れる代わりに、しかもハイレベルである代わりに1回
100万円とか、200万円の病院を作る。実際、そのくらい金を取らないといろいろな
分野の救急医を集められないだろう。そして医者の給料も高いものにする。
こんなことを言うと偽善的なマスコミは、お金のある人だけいい救急医療が
受けられて、貧乏な人が受けられなくなると批判することだろう。
でも、救急で腕を磨けば億万長者も夢でないということになって初めて、普通の
救急病院の医者が頑張るはずだ。最初から高い病院に雇ってもらえるわけでない。
安い病院で腕を磨いて、腕がいいと評判をとればスカウトされるのだ。だから、安い
病院の医者も頑張る。今回の東部地域病院の当直のような医者は、そういう高い
病院で一生雇ってもらえないということになれば、こういう手抜きもずっと減る
はずだ。結局、今回のような手抜きもインセンティブシステムが働かないから
起こった、つまり、貧乏も金持ちも同じ医療という偽善から生じたと言えなくも
ない。腕を上げればお金がたくさん入る、名誉が与えられるというシステムで
あれば、32歳くらいの医者が将来高い給料がもらえなくなるような手抜きをやる
ことは絶対に減る。
ただし、そのためには参入障壁の撤廃も必要だ。
今のように行政が病院の新規参入を防ぐシステムだとまともな競争は生じない。
株式会社立の病院を認めないのも同様だ。こういう手抜き医者が出てくるのは
モラルの問題もさることながら、参入障壁でできの悪い病院が守られ、インセン
ティブシステムの欠如で医者にやる気を起こさせないという構造的な問題が大きい。
偽善を何とかしないと日本の医療はよくならない。今回のことにしても、きっかけ
は看護婦さんの内部告発だったようで、多くの病院ではおそらくうやむやにされて
いるはずだ。氷山の一角だとすれば構造を変えないと問題は解決しない。医療の構造
改革が望まれる。
最後になるが、石原都知事がカジノを断念したと言うニュースが入ってきた。
何でも景品交換でも法に触れるので諦めると。
いつもは強気な石原さんもえらく弱きなのにガッカリした。
私が知事なら、逮捕されても、やり通すだろう。逮捕された時点で、何でパチンコ
屋を逮捕しないのかを問題にできる。
6月14日付の産経の正論でも書いたが、北朝鮮の核開発資金のかなりの部分が
日本からの非合法送金であり、そのかなりの部分が非合法黙認事業であるパチンコ
マネーだと私は推測している。
カジノを認めないのなら、パチンコの一斉摘発をしてもし賭博をやっていたら
全部営業停止にするのは、都知事であれば、警視庁（これは東京都の管轄なのか
詳しいことはしらない。よその府県なら警察は自治体の管轄なので知事がこの手の
命令をできるはずだが、少なくともパチンコ屋の営業停止は知事名でできるはずだ）
に命じてできるはずだ。そのほうが北朝鮮にも送金ができなくなる。
北朝鮮への制裁を訴える石原氏が、パチンコ屋は許されてカジノが許されない
ことに怒りもしないし、不正送金の温床であるパチンコ屋にはえらく甘い。所詮は
石原氏も政治家なのだということを思い知らされたニュースである。これもやはり
偽善といわれても仕方あるまい。警察官僚出身のたくさん献金を集めながら、
北朝鮮への表向きの制裁にはえらく元気のいい発言をする政治家たちも、なぜか
パチンコ屋を取り締まれといわないが。
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