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http://www.sankei.co.jp/news/030430/morning/column.htm
平成15(2003)年4月30日[水]
産経抄
南京攻略戦の日本人将校「百人斬り競争」報道で、二将校の遺族が毎日新聞、朝日新聞などを相手に東京地裁に訴えを起こしたと聞いて胸が痛んだ。あれから六十六年、暗黒の日本犯罪史観はいまも改まっていないからである。
▼昭和十二年十二月三日付の東京日日新聞(いまの毎日新聞)に南京攻略戦の従軍記者二人の署名入りでこんな記事がのった。「野田『おいおれは百五だが、貴様は?』向井『おれは百六だ!』…両少尉アハハハ、結局いつまでにいずれが先に百人斬ったかこれは不問、結局じゃドロンゲームと致そう…」。
▼この記事は同十一月三日付の同紙で、二人の青年将校、向井敏明少尉(二六)と野田毅少尉(二五)が百人斬り競争を企てたという報道の報告だった。これが元で二人は戦後の軍事裁判で処刑されたが、記事は“南京大虐殺”の証拠として何度となく持ち出された。
▼朝日の元編集委員・本多勝一氏は「競う二人の少尉」として中国ルポで使っている。こうして「まやかしめいたネタ」(鈴木明氏『「南京大虐殺」のまぼろし』)が学校などでも歴史的事実として独り歩きをはじめた。二少尉の遺族は悲しみの日々を送ってきたという。
▼佐藤振寿(しんじゅ)氏は昭和七年に東京日日新聞にカメラマンとして入社、南京攻略戦を従軍取材した。その佐藤さんなどは「あの記者が記事はフィクションですと一言はっきりいえばよかったのです」と語り、“南京大虐殺”を明確に否定している。
▼『アジアの戦争』を書いたエドガー・スノーのような意図的に侮日のジャーナリストもいるにはいたが、日本の“悪”を喜々として書くのはおおむね日本人である。「最も反日的なのは日本のマスコミ」という世間の評判は残念ながら当たっている。