現在地 HOME > 掲示板 > 戦争33 > 464.html ★阿修羅♪ |
|
(回答先: Re: このような子が何人いたのか、、、。絵は想像力をかきたて、写真よりもリアルなこともある。 投稿者 猫人 日時 2003 年 5 月 01 日 21:30:14)
私は、幼少時、侵略者の子供として北京に行った。そこで見た中国人、引き揚げ後の東京都、調布で見た飛行場建設に強制連行されてきた朝鮮人、ともに貧しい子供の姿、それを想い出しながら、クラスター爆弾で頭を割られた「バスラの少女」を、永遠の平和の祈りを籠めて、わが電網宝庫の「仏壇」に入れた。
本日、拝むと、1万6千のヒット数である。こんな頁のヒット数が増えるのは望ましいことではないが、墓守のことを「隠亡」(おんぼう」と言う。もういい年だから、わしゃ、隠亡に成りきる。
本日の絵も、この仏壇、または墓に入れる。
隠亡はまた、「戦争賛成」首相を放置する日本人として、自らをも恥じ、マイケル・ムーアの台詞を頂く。「恥を知れ!」