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「石油のための戦争」はどこまでほんとうか(ルモンド・ディプロマティーク)
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投稿者 はまち 日時 2003 年 5 月 13 日 14:52:50:

「石油のための戦争」はどこまでほんとうか
ヤーヤ・サドウスキー(Yahya Sadowski)
ベイルート・アメリカン大学準教授
訳・萩谷良
 ブッシュ政権は、この戦争を正当化するために、数々の理由をもちだしてみせる。大量破壊兵器を一掃するためだという。ならばなぜ北朝鮮を攻めないのか。テロとの戦いだという。だが、イラクは米国務省のブラックリストにすら載っていないではないか。近隣諸国への脅威を防ぐためだという。1980年にサダム・フセインがイランを攻撃したとき米国政府は喝采したのだから、彼がまた同じことを始めるのを見れば喜びそうなものではないか。女性の解放のためだという。だが、女性の議員や軍人は米国よりイラクのほうが多いはずだ。人々はこういったご高説の裏を見抜き、米国政権にはもっと実利的な利害関心があるのではないかと疑っている。

 たしかに「石油のための戦争はごめんだ」というスローガンのほうが、米国が小出しにしてくるプロパガンダよりも、事の真相に迫っている。ブッシュ政権が(不安定な独裁政権で核兵器を所有し、テロリストがひしめくパキスタンにはまるで無関心なのに)イラクに関心を示すのは、この国が世界の原油の3分の2を埋蔵する地域の中心部に位置しているからだ。バグダッドは、石油の価格にも供給量にも影響を与えることのできる位置にあり、石油は戦略的商品として、世界経済と米国の軍事機構を潤していく。戦争に反対する運動では、この現実から短絡的な見方を引き出す者も多い。ワシントンは、米国の大手石油会社の利権に従属し、イラクの石油の一部を押さえようとしている、という見方だ。だが、現実はそれよりはるかに複雑である。

 ブッシュ政権が石油産業と密接な関係にあるというのは周知の話だが、その相手は業界の中でも周辺的な一部の企業でしかない。大統領とその側近は、石油や石油経済について大したことを知っているわけではない。何カ月もかけて軍事的、政治的シナリオを練り上げてきたわりに、イラクが世界の石油産業において果たしている役割については、ごく初歩的な情報をかろうじて把握しているにすぎないのである。

 この政権の中枢にあって最も明瞭に石油に狙いを定めているのは、最も積極的に戦争推進に動いている勢力、すなわち、ウォルフォウィッツ国防副長官、ファイス国防次官、リビー副大統領主席補佐官、および彼らの友人たちからなる新保守主義者の一味にほかならない。「イラク解放」のための壮大な計画を立案したのが彼らである。この計画によれば、イラクは新しい油田を開発し、生産能力を急速に向上させ、可及的すみやかに世界市場に多量の石油を出回らせる。開戦前には1バレル30ドル前後で上下していた原油相場は急落し、1バレル15ドルを切るまでになる。そうすれば、米欧の経済成長が刺激され、石油輸出国機構(OPEC)が崩壊し、「ならず者国家」(イラン、シリア、リビア)の経済が壊滅し、中東に「体制転換」と民主化の機会が生まれる、というシナリオだ。

 一見、このビジョンには説得力がありそうに見えるかもしれない。イラク原油の確認埋蔵量は1120億バレルにのぼる。多くのアナリストが、最新の探査技術を用いればこの数字は倍にできる、そうなればサウジアラビアの2450億バレルに匹敵すると言っているほどだ。なるほど、サウジはOPECの中で決められた原油価格を維持するために生産量を調節し、リーダーの役割を果たしてくることができたが、それは、埋蔵量ではなく、日量1000万バレルを超える生産能力による。これに対しイラクの生産能力は、1991年の湾岸戦争とその後の経済制裁により生産施設に大打撃を受ける前でも日量380万バレル、今では250万バレルがやっとでしかない。しかし米国の新保守主義者たちの思惑では、それを3年間で少なくとも200万バレル引き上げ、2010年には600万バレルとすることも可能である。とりわけ、イラク新体制が油田の民営化を決定し、生産能力増強に必要な技術と資本をもつ多国籍企業に経営を委ねるならば。

 ところが、2002年に新保守主義者たちがこの計画を提案すると、さまざまな反対が巻き起こった。彼らの提案する原油価格引き下げ政策は、「ならず者国家」の経済を危機に追い込むばかりでなく、メキシコ、カナダ、ノルウェー、インドネシア、クウェート、サウジなど、数多くの親米国家の経済をも脅かすことになるからだ。他方、イラクへの投資額は原油価格に左右される。価格が下がるほど、原油への投資から得られる利益も少なくなる。そのうえサウジの幹部は、声を大にしてOPECを守ると言っている。企業がイラクの新油田開発への投資など考えないよう、必要とあらばサウジの生産量を増やして原油価格を下げるという。皮肉なことに、在外のイラク反体制派も(新保守主義者と手を結んだイラク国民会議も含めて)、イラク石油の民営化には反対している。彼らはそれぞれの政治的立場にかかわりなく、多くのイラク人と同様に、イラクが真に所有する唯一の資産が石油であることを理解しており、その支配権を維持しなければならないと決意しているのだ。

数字の示す冷厳な現実
 さらに興味深いことに、新保守派の政策に抵抗する動きは、ほかならぬブッシュ家からも起こっている。ブッシュ家の石油事業は必ずしも利益を上げてきたわけではない(ジョージ・W・ブッシュが経営していたアルブスト石油でさえ破綻したほどだ)。しかし大統領は独自の人脈を保ち、大手の多国籍石油企業ではなく、「独立系」の企業とつながっている。多くはテキサスに本社をおき、米国の地下(または沖合いの海底油田)から石油を掘り出している一群の小規模企業だ。これらの企業が生き残るためには、原油相場は高くなければならない。1バレルあたりの生産コストは、サウジでは1.5ドルを上回ることはなかろうが、メキシコ湾では13ドルかそれ以上かかってしまう。したがって、これらの企業が絶対に避けたいことがあるとすれば、それは価格の急落なのだ。もしこれらの企業がつぶれるようなことにでもなれば、愛国的なロビー団体がワシントンですかさず強調しているように、米国は今まで以上に外国石油の「当てにならない」輸入に振り回されることになるだろう。
 米国のエクソン・モービルやシェヴロン・テキサコ、英国のブリティッシュ・ペトロリアム(BP)、またフランスのトタル・フィナ・エルフといった大企業は生産拠点を各地に分散させてきたので、原油相場が急落しても比較的影響が少ない。とはいえ、その大半は米国企業でもないだけに、ブッシュ政権が彼らの言い分に耳を貸しているとは言いがたい。ジョージ・W・ブッシュが大統領に選ばれて以後、イランとリビアに対する経済制裁をはじめとして、中東での事業展開を妨げている貿易制裁を解除するよう、これらの大企業は米国政府に強い圧力をかけてきた。しかし、ブッシュ政権はそうした陳情をはねつけたばかりか、チェイニー副大統領が公表した国家エネルギー政策では、米国内に新しいエネルギー供給地域を開拓することを目玉とした(1)。

 この政策の中心とされたのが、アラスカの大規模な自然保護区での採掘を許可するという案である。これは独立系の石油企業からは大いに歓迎されたが、多国籍企業にとってはなんの意味もないことだった。多国籍企業にとって、そこにあるとされる僅かばかりの原油では、広大な自然公園の破壊による企業イメージ低下の埋め合わせにはならないからだ。イラクのマジュヌーン油田のように埋蔵量100億バレル以上の油田がある中東と違い、アラスカの北極野生生物保護区の採掘可能な埋蔵量は、「オイル・アンド・ガス・ジャーナル」誌によればその4分の1程度でしかない。

 新保守主義者の計画にとどめの一撃を食らわしたのは、彼らと対立するグループなどではなく、数字の示す冷厳な現実そのものだった。2003年1月、国防総省はファイス国防次官を長とする独自の計画立案グループを設置した。主な目的は、バグダッド「解放」後のイラク石油の取り扱いを検討することだった。その1カ月後、石油経済について十分に把握するに至った同グループは、新保守主義者の当初の提案から距離をおくという判断を下した。

 国防総省(およびホワイトハウス)の幹部は、イラクの石油収入を押さえれば戦費は回収できると考え、さらに資金が必要となれば油田からひねり出せばいいと思っていた。ところが計算を始めてみると、いくつかの不愉快な事実を発見することになった。まず、イラク石油の増産には時間がかかるだけでなく、多額の投資を必要とする。既存の施設の修復(貯蔵量にまで深刻な打撃を与えるほど劣化した油井とパイプラインの修復)だけでも10億ドル以上の費用がかかる。それも今回の戦争によって新たな被害を受けないと仮定しての話だ。イラクの生産量を往時の日量350万バレルに戻すためには、少なくとも3年がかりで、石油施設の修復に80億ドル、ずたずたになった国内電力網(ポンプと精製設備の稼動に必要)の修復に200億ドルを投じなければならない。日量600万バレルにまで引き上げるには、さらに300億ドルが必要だろう。

 石油輸出による年収が150億ドルしかない国にとっては、決して小さな額ではない。しかもこの数字は、米国がイラクの石油収入によって埋め合わせたいと考える費用のうち、ほんの一部にすぎないのだ。イラク侵攻のコストが国防総省にとって正確にどれくらいにつくかは誰にもわからないが、ブッシュ政権は1000億ドル以上と試算している(本号の記事参照)。

イラクの富の競売
 連邦議会予算事務局の見積もりでは、イラクに部隊を維持するコストは年間120億から450億ドルにのぼる。また、イラクの対外債務は1100億ドルを超え、その返済に毎年50億から120億ドルが必要となる。この事実を知った米国政府の責任者は、すぐに主要債権者であるアラブ諸国、ロシア、フランスに対し、戦争が終わり次第、これらの債務を帳消しにするようにと圧力をかけた。さらに、かつてイラクがクウェートに侵攻したことに対する賠償要求が約3000億ドルになる。ただし、その回収を仲介する国連機関によると、最終的な支払額は400億ドルで済むだろうという。それはひとつには、米国がすでにクウェートに対して、賠償を断念するよう圧力をかけているからだ(2)。そして、イラクでどれぐらいの難民が生まれ、それによって人道的支援の費用がどれほどかかるのかは誰にもわかっていない。イラクは戦争前でさえ、毎年145億ドルの食糧と薬品を輸入していたのである。
 かなり楽観的な見通しを立てたとしても、これらの費用はイラクの支払能力からすれば桁違いに巨額である。米国政権は、その相当部分については独力で対処し、残額については数少ない同盟国から分担金を取りつけなければならないだろう。石油の値上がりを期待してタカ派を演じる小規模石油企業の一群と、数字の示す現実にショックを受けた国防総省の専門家。この双方から持ち上げられた新保守主義者とイラクの反体制派は、今やOPEC解体という考えを放棄して、掌を返したようにイラクの将来の石油収入を最大限にする方策を探っている。

 手始めに、石油省の専門官僚をそのまま据え置きにする(バース党の粛清はしない)こと、そして石油政策に関する決定の大半を彼らに委ねることが、秘密裏に合意された。生産に関わる主要な決定は従来の技術者に、契約に関する協議はこれまでの交渉者に委ねることにする。国防総省から派遣されることになる人員では、彼らがもち合わせているような経験と知識に欠け、少なくとも商才があるとは言いがたいからだ。つまり、イラクの石油事業は民営化されない。イラクの専門官僚は、サウジやクウェートの場合と同様の方法で、自国の収入を最大限に引き上げようとするだろう。外国企業に対しては、きわめて厳しい生産物分与契約によって、投資意欲を持続させる最低限の利益マージンしか与えない、という方法だ。

 イラク人と米国の統治者は、まちがいなく外国企業間の競争を促進しようとするだろう。それが有利な契約を結ぶ決め手となるからだ。ワシントンは、米国の政策を支持しない国、特にフランスとロシアに関しては、制裁もあり得るとほのめかしている。しかし、この威嚇の現実味は薄れつつある。ロシアはすでにイラク石油部門に対し、最大規模の契約金を投じている。それはまさに、欧米企業以上にリスクを引き受けるつもりがあるからだ。このロシアの資本と熱意が、イラク石油の収益性を引き上げる鍵となる可能性もある。投資総額ではロシアにまさるトタル・フィナ・エルフも、増産を狙うのに有利な位置についている。シェルもイラクに大きな利害関係をもっており、かつてイラクを支配していたBPも虎視眈々とうかがっている。

 イラクの富を広く競売にかけることで、米国政権は収入を最大限に引き上げるばかりでなく、自国の利益のためにイラクを併合したという非難を逸らすこともできるだろう。

 これは、米国企業の入り込む余地がないということではない。もし政治情勢が早期に安定すれば(その可能性はきわめて不確かだが)、エクソン・モービルとシェヴロン・テキサコも競売に加わるだろう。コノコのようにもっと小規模な企業が、リスク分散を意図した国際企業連合に参加することも考えられる。米国が支配的な地位を占めることのできる唯一の分野はサービスの請負であり、この分野では(チェイニー副大統領がかつて会長を務めていた)ハリバートン、シュランバーガーなどの米国企業が圧倒することになるだろう。とはいえ、確実なことがひとつある。イラクの石油を米国企業が独占することはないということだ。米国企業がイラク石油事業の50%を占めるというような事態は、きわめて考えにくい。

 米国や他の多国籍石油企業については、ナイジェリアのニジェール川デルタ地帯の略奪から、インドネシアにおける国家テロ支援にいたるまで、多くの問題行動を指摘することができる。だが、イラク戦争を推進しているのは彼らではない。ブッシュ政権は、これらの企業から一切の関与なく、石油経済の基本をなにひとつ知らないまま、対イラク作戦を構想した。イラクに関するワシントンの計略の中では、石油は経済資源ではなく、戦略資源として位置づけられている。この戦争はエクソンの利益を膨らませるためというよりも、米国の覇権を不滅にするためのものなのだ。

(1) マイケル・クレア「米国戦略の三次元方程式」(ル・モンド・ディプロマティーク2002年11月号)参照。
(2) アラン・グレシュ「イラクに科せられた無限の補償」(ル・モンド・ディプロマティーク2000年10月号)参照。

(2003年4月号)
* 筆者名の姓のヌケを補足(2003年4月25日)

All rights reserved, 2003, Le Monde diplomatique + Hagitani Ryo + Jayalath Yoshiko + Saito Kagumi

http://www.netlaputa.ne.jp/~kagumi/articles03/0304.html

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