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田中宇の国際ニュース解説 2001年12月10日 http://tanakanews.com/
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★炭疽菌と米軍
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9月11日に大規模テロ事件が起きる1週間前の9月4日、ニューヨークタ
イムスは、アメリカ国防総省が生物兵器として炭疽菌の開発を行っているとす
る記事を載せた。
U.S. Germ Warfare Research Pushes Treaty Limits
http://www.nytimes.com/2001/09/04/international/04GERM.html
この記事によると、炭疽菌の開発は、ロシアの生物兵器に対抗するためのも
のだった。旧ソ連は炭疽菌の開発をしていたが、ソ連崩壊後、ロシアはその技
術を使った生物兵器(小型爆弾)を開発し、武器の国際ブラックマーケットに
流そうとしている可能性が強まった。
米国防総省はこの生物兵器爆弾の性能を調べるため、1995年ごろ、CIA
に対して武器商人などを装ってこの爆弾を買ってくるよう依頼したが、CIA
はそれを達成できなかった。そのため国防総省は、この爆弾に関する情報をも
とに、同じものを米国内で作ってみることにしたという。そして、その中に入
れるための炭疽菌も製造することにした。
▼大統領にも知らされなかった炭疽菌開発
第二次大戦後しばらくの間、アメリカは生物兵器の開発に力を注ぎ、炭疽菌
の開発も手がけていた。だが1969年に生物兵器開発を永久に止めると宣言
し、その後は生物兵器禁止条約に世界中の国々を入れようと動くことで他国の
生物兵器利用を止める側に回った。核兵器などに比べ、生物兵器は技術水準が
高くない国でも開発できるため、アメリカにとっては自国で開発するより他国
の開発を止めた方が軍事的に有利になるからだった。
この条約に加盟しているアメリカにとって、生物兵器の製造は条約違反であ
る。だがこの条約では、生物兵器の攻撃を防ぐための防御的な開発は許されて
いる。米軍は、ロシアが開発したのと同じ炭疽菌を作ってみることで、炭疽菌
に対するワクチンを作るというのが目的だから「防御的開発」だとして、炭疽
菌爆弾の開発を条約違反ではないと考えた。
「クリアビジョン計画(Clear Vision)」と呼ばれたこの計画は、当時のク
リントン大統領にも全貌を明かされないまま、秘密裏に進められた。国防総省
はネバダ州の砂漠の中に生物兵器の爆弾の外側部分を作る簡単な工場を作ると
ともに、オハイオ州のバイオ製品メーカーに炭疽菌の製造を発注した。
大統領府(ホワイトハウス)はこうした計画の進行を後から知り、無断で進
めた国防総省を批判したものの、大統領府と国防総省の法律担当者が再度、条
約違反かどうか検討したところ、結局違反していないという結論になり、炭疽
菌などの開発はそのまま続けられた。
開発はブッシュ政権になっても続けられた。「テロリストやテロ国家の真似
をして生物兵器を作ってみることが、テロ防止に役立つ」という理由で、生物
兵器禁止条約で許されている防御用開発の範囲内だという正当化が続いた。国
防総省は、従来より効力の強い新型の炭疽菌を開発し、それに対するワクチン
を作ることに意欲を持ち、今年9月下旬には、大統領が主宰する国家安全保障
会議の認可を経て、新型炭疽菌の開発が始まることになっていた。
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ジャパンナレッジ・・・「田中宇のワールドクロニクル」
http://www.japanknowledge.com/
内容は配信記事と同じですが、過去の記事が地域別、テーマ別に分類されている
ので見やすいです。キーワード検索にも対応しています。
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▼生物兵器禁止条約を妨害せざるを得なくなった
だが、アメリカ政府はこれらの事業を秘密にしたため、思わぬところで歪み
が生じることになった。かつてアメリカが主導してきた生物兵器禁止条約の強
化を、アメリカ自身が妨害することになったのである。
この条約は、加盟国がこっそり生物兵器を開発しているかどうか、国際査察
によって調べる制度を条項として持っていない。生物兵器を持っている国が限
られていた冷戦時代にはそれで良かったが、冷戦終結後、秘密裏に生物兵器を
開発していると思われる加盟国がいくつか出てきた。そのため査察の制度を新
設する検討が1994年から続けられ、今年7月に新制度が決定される見通し
だった。
ところが、アメリカは土壇場で査察制度の新設に反対し始めた。査察制度が
確立したら秘密の炭疽菌開発がばれてしまうから、というのが反対の本当の理
由だったが、表向きはそう言えないので「査察はアメリカのバイオビジネスの
企業秘密を侵害しかねない」「検討されている査察体制は、イラクや北朝鮮な
どに甘すぎる」などという理由をつけて反対した。
アメリカには、これまで生物兵器禁止条約の強化のために奔走してきた専門
家が多くいる。彼らはブッシュ政権の姿勢に怒っており、その怒りがニューヨ
ークタイムスに対する情報提供につながり、9月4日の記事の暴露記事となっ
たと思われる。
翌日、ワシントン・ポストが後追い報道をしたが、そこでは国防総省の広報
担当者が炭疽菌開発を事実として認めた上で「生物兵器禁止条約で許された範
囲内の研究だ」と主張している。このほか、数人の軍事関係者も開発の事実を
認めている。
http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn?pagename=article&node=&contentId=A42583-2001Sep4
イギリスの新聞タイムズは、ラムズフェルド国防長官も開発プロジェクトの
存在を認めたと報じている。
http://www.thetimes.co.uk/article/0,,3-2001305743,00.html
これらのことから、報道は誤報ではなく、国防総省が炭疽菌を持っていること
は事実として確認されたと考えてよいだろう。
▼テロ事件で指摘できなくなった米軍関与
これらの記事が出てから1週間後、大規模テロ事件が起きた。そして9月下
旬から、炭疽菌がアメリカ国内にばら撒かれ始めた。ニューヨークタイムスな
どの告発記事との関連で考えて、米軍関係者の関与が疑われても不思議はなか
ったが、9月11日のテロ事件は、アメリカの政治社会の様相を一変させてい
た。
テロとともに始まったブッシュの戦争は「政府を批判する者はテロリストの
支援者だ」という雰囲気を作り出し「米軍も炭疽菌を持っている」「それが持
ち出されたのではないか」などと指摘することは、アメリカのマスコミには許
されないことになっていた。
米議会のダシュル上院議員あてに届いた炭疽菌は「知られている炭疽菌の中
で最も強力で、生物兵器として作られた等級のもの」だと報じられた。
http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/americas/newsid_1601000/1601754.stm
だが、これを国防総省の「クリアビジョン計画」と結びつける報道は皆無で、
イラクやロシア、北朝鮮など、アメリカ以外の国々が疑惑の対象として列挙さ
れるばかりだった。米軍は炭疽菌の製造を1969年の宣言とともに全廃した、
という建て前のみが報道され、信じられる状態が続いた。
ニューヨークタイムスで9月4日の記事を書いた記者の1人のところにも
10月中旬に炭疽菌まがいの白い粉が封書で届いたが、そのことを本人が書い
た記事には、9月4日の記事との関連は何も書かれていない。
http://www.nytimes.com/2001/10/14/national/14LETT.html
とはいえ、この記事にはビル・パトリックという、1950−60年代に国
防総省の主任研究員として炭疽菌を兵器にする研究開発にたずさわっていた人
物が登場する。兵器としての炭疽菌には、肺に吸い込ませるものと、皮膚から
入るものがあるが、肺から入れる炭疽菌は非常な微粒子にしなければならない
ので、作るのがものすごく大変だ、とパトリックはコメントしている。この指
摘が、その後のニューヨークタイムスの反撃のベースとなるのだが、ここから
の話は次回にまわすことにする。
(続く)
この記事はウェブサイトにも載せました。
http://tanakanews.com/b1210anthrax.htm
【今回は「アメリカで考えたこと(2)」をお送りする予定でしたが、炭疽菌
のことが気になったので先に書きました】
★関連記事
U.S. Full Coverage - Anthrax
http://dailynews.yahoo.com/fc/US/Anthrax/
Anthrax impact: little harm, but a lot of fear
http://www.csmonitor.com/2001/1017/p1s2-ussc.html
生物兵器禁止条約(BWC)の概要
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bwc/bwc/gaiyo.html
Chronology of anthrax events
http://www.sun-sentinel.com/news/local/southflorida/sfl-1013anthraxchronology.story?coll=sfla%2Dhome%2Dheadlines
Using anthrax as a weapon
http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/americas/newsid_1604000/1604621.stm
Where did it come from?
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,3604,576214,00.html
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