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■■■田口ランディのコラムマガジン■■■ 2003.4.13
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「それでも空は青い」
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突然、イラク政府が消えた。
なんて不思議な戦争なんだろうと思った。いったい、イラク政府の要人たちはどこ
へ行ってしまったんだろう。
飛行場の封鎖もなく、道路の封鎖もなく、長期化するかと思われた戦争は3週間で
終わりを迎えるかのごとく報じられている。
私は京都のホテルで、「バグダッド陥落」というニュース影像を観ていた。フセイ
ン大統領の銅像が引き倒される、あのシーンを繰り返し何度も観た。群衆とも言えな
いほどの小人数の男たちが、銅像を壊し、卑しめていた。
私はフセイン大統領に何のシンパシーも感じてはいないし、彼がもっと早くに政権
から降りていればたくさんの人の命が助かったのにと思うと、権力者の傲慢にムカっ
腹が立つ。
だけども、あの銅像を引き倒して頭の部分を殴ったり転がしたりしているイラクの
男たちを観ていたら、ひどく塞いだ気分になった。嫌悪というんじゃない、もっとや
るせない思いだった。
銅像の顔に巻こうとして引っ込められた星条旗。あれは誰がどこから調達してきた
ものだろうか。銅像の頭をポカポカ殴っている少年、彼はあのとき何を感じ、何を考
えていたんだろう。いろんなことを思ったのだけれど、考えはまとまらない。
仕方なく電気を消して眠りについた。なにか夢をみたような気がするけれど、忘れ
てしまった。
翌朝、京都はとても気持ちのよいお天気で、満開の桜が春風に散っていた。京都の
友人と連れだって宇治まで足を伸ばした。平等院に行った。川べりの桜も美しかった。
平等院を拝観して、鳳凰堂の解説を受けた。ぼんやりと聞いていたら、なんでも人
間は生きているうちの行ないで「上の上中下」「中の上中下」「下の上中下」と、9
ランクに分けられるらしい。
「大きなお世話だ」と私は思った。このランクで死後に行けるところが違うらしい。
どうやら人間は自分にだけかまけて普通に暮らしていたら、だいたい中の下か下の上
あたりのようだ。
新幹線に乗って、家に戻って来てやれやれと荷物をほどき、またニュースをつける
と再びフセイン大統領の銅像が引き倒されるシーンが映しだされた。
バグダッドでは警備が消えた政府の建物からの略奪が始まっていて、調度品をリヤ
カーに積んで運び出している男の人たちの映像が、その夜のうちにも何度も映った。
深夜のニュースでは、略奪はだんだんと過激になっていて、略奪の後に放火をする
者もいること、秘密警察のアジトで化学薬品が大量に発見されたが、それもそのまま
の状態で放置されていること、など伝えられていた。
アメリカもイギリスも、現段階ではバグダッドの治安のために働く気配はないよう
だった。
以前に渋谷のガーディアン・エンジェルズを取材したときに「ブロークン・ウィン
ドウ理論」というのを教えてもらった。
窓の壊れた家には泥棒が入りやすい。破壊された地域では人間の良心が働きづらく
なる。「すでに何者かに汚されているものなら俺がやってもいいだろう」と人間は思
うのだそうだ。犯罪をなくそうと思ったら、街を清潔に保ち、景観を整然と美しくす
ることが有効だと言う。
ミサイルによって破壊された都市。壊滅した土地では人間の精神は荒むのだろうか。
その破壊した街を、今度はどうやって誰が再建するかでモメている。アメリカは救
済のために破壊した。つまり、救済しようとする者こそが、最も怖いのだ。強く救済
を迫る者は破壊者になりうる。これは、かつてオウム真理教がした「ポア」といっしょ
だ。
自由になったら、まず略奪が起こる。自由と平和は実は相性が悪いらしい。だから
自由の国アメリカは戦争ばかりしている。治安のためにはまた「武力」で脅すことが
必要になるのかな。軍隊が入り、市民に銃口を向けて警備をする。壊された街の治安
はそうすることでしか維持できないのかもしれない。むなしいね。それでは権力がす
り替わっただけだ。
略奪や開放の歓声から遠く離れたところで、生活をする人たちはじっと息を潜め、
せつなく祈っているのだろうか。いまはただ成り行きを見守るしかないたくさんの人
たちの、かすかなかすかな息づかいが、乾いた町並みの家々の闇から漏れているよう
な気がした。
それでも、バグダッドの空はすごく青くてきれいなのだ。息苦しいほどに青いのだ。
かつて沖縄は戦火に巻き込まれ、アメリカから攻撃を受けてただただ人が死んだ。
敗戦のとき多くの兵隊や民間人が海に身を投げ自決した。そのときも、沖縄の海は今
と同じように真っ青で美しかったろう。去年、沖縄に行ったときにそのことを思い、
ぐらぐらと眩暈がした。
地雷が無数に埋まっているカンボジアのジャングルは、滴るような緑の森で、鳥の
声と子供たちの呼び声がこだましあっていた。地面の埋まった地雷とは無関係に森は
どうにも優しく美しいのだ。
そのように、どんなに空襲を浴び、ミサイルをぶちこまれても、バグダッドの空は
青いセロファンのように光に溢れていて、なんだか私はその青さが狂おしくて叫びた
くなる。
同じように、ヒロシマに核爆弾が落ちた朝、1945年8月6日8時15分は、雲
ひとつない夏の晴天だった。夏の光と澄んだ空気のなかに20万人を殺戮するたった
一個の物体が落下してきたのだ。
京都の街は美しかった。桜の香る路地には、打ち水がしてあった。その水に濡れた
石のしんとした美しさ。手入れのゆきとどいた家いえの庭、使い込まれた木造家屋の
整然とした美しさ。
街は暮らす人が作るものだ。その土地その土地に住まい暮らす人たちの日々の小さ
な積み重ねが美しい街を作りあげている。ただもう、毎日、家の前の道路を掃除し、
ゴミを拾い、水をまく。その、ささいな、暮らしていく力こそが、街を作り上げるも
のだ。
人の心も、そのような街にあって育てられていくのだ。
もちろん、そんなささやかなものは一発の爆弾でこっぱみじんだ。作り上げるのは
本当に時間がかかる。何世代にも渡って、家を守り、子供を育て、私たちは生きるた
めの場を作っていく。それを破壊することが救済のわけがない。壊れてしまった窓か
ら吹き込む風は心を冷えさせる。
それでも……と、思う。やはり海はまだ青く、空はまだ青く、光は満ちている。遠
く離れた桜の京都と同じ太陽の光がイラクにも降り注いでいる。それはほんとに慈悲
なのかと思うほど、むごく優しいけれど、でもとにかく光は満ちているのだ。誰の目
にも明らかに。
なにがあっても太陽は輝き、空は青い。それはほんとうに慈悲なのか、と疑いたく
なるほどにせつない事実。地球は今日も回っている。宇宙空間のなかで奇跡のように
青く。
略奪があり、政権争いがあり、暗殺がある。そのようななかでも、静かに暮らす人
たちは、ひっそりと窓から顔を出し、壊れた家を直し、ゴミを捨て、食事を作り、家
の前をきれいにして、子供の下着を洗うだろう。
いざこざや、怒りや、憎しみや、嘆きに身もだえしながら、夜になると寝て朝にな
れば目が覚める。そして食べて働いて生きる。自分のことにかまけてせいぜい中の下
が下の上で、可もなく不可もなく、でも家族と友達を心配し、小さな街の一断片とし
て暮らすのだ。私がそうであるように、青空の下で人は生きる。
営み生きるものの思いは繋がっている。この地上にはまだ光が満ちている。それが
すべてだ。
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縄公演はもうすぐ会場が決定します。それぞれにその土地に合ったすてきなコンサー
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東京公演のチケット、まだあります。
シビックホールの大会場を借りたときは、ちょっと無謀かなと後悔したりもしたの
ですが、たくさんの人にボロットさんの声を聞いていただけそうでうれしいです。
叙事詩は営み生きた者たち(死者たち)の声を現代に運ぶ歌です。
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