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【JMM-大中一彌】パリは燃えているか? :欧州メディアレポート
http://www.asyura.com/0304/war31/msg/470.html
投稿者 愚民党 日時 2003 年 4 月 10 日 05:55:28:

                              2003年4月10日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.213 Tuesday Edition
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                           http://jmm.cogen.co.jp/
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▼INDEX▼

■ 『パリは燃えているか?;欧州メディアレポート』 第5回目
  「喪の作業」

 ■ 大中一彌 :パリ第十大学第三(博士)課程
         早稲田大学大学院政治学研究科(政治思想)

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■ 『パリは燃えているか?;欧州メディアレポート』         第5回目
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「喪の作業」

4月6日付のルモンド紙は、AFP(Agence France-Presse)通信のバグダッド支局
長で写真家のパトリック・バズが撮影した一葉の写真を掲載した。バグダッド北西約
20kmの郊外に集結していた民兵やアラブ義勇兵の様子が写っている。素人目にも
彼らの装備は劣悪である。色や形がまちまちの制服を兵士たちはまとっている。写真
右前面を占める笑顔の男は工事現場用のヘルメットのようなものをかぶっている。武
装といえばカラシニコフ銃やバズーカ砲などの軽火器しか見当たらない。

「これはむしろゲリラだね。僕は彼らは勇気があるというより無謀(inconscient)
だと思う」、というのがバズの評である。この写真の記事を書いたルモンドの記者は、
バズがイラク人の同僚から聞いたという「バグダッドに死の匂いが近づくのを感じる」
とのコメントで文を閉じている。

この記事が出た先週末以降状況は大きく動いている。膠着化が懸念された戦局は米軍
の電撃的侵攻によって短期解決シナリオに再度傾いたかに見える。軍事作戦としては
まだ紆余曲折が残るだろうが、マーケットは楽観的な反応を示しており、経済的には
短期的・“戦術的”レベルでの勝利をアメリカは既に手中にしたと言って良いかもし
れない。

戦後イラク統治の長期的・戦略的展望はまた別として、このような急激な展開は、ス
ペクタクルとしては最良の「コンテンツ」である。フランスのある政治風刺番組は、
このメディア(受容・制作双方)のシニカルなあり方を「えー、不幸にして戦争はも
う終わりです……いやいや、幸いにも、ということですが……」と皮肉っていた。

だがこういう「派手なスペクタクルももう終わり」という意味とは違う喪失感につい
て考えてみたい。

精神分析学者のフロイトは、親しい人間の死に際し、生き残った人間が苦痛と追想の
うちに陥るメランコリーから脱却しようとして行う努力のことを「喪の作業
Trauerar-
beit」と呼んだ。ひどく乱暴な言い方になるが、あえて単純化して言えば、この喪の
作業がもたらす解決とは、「死者を殺す」という出口である。もっと平たく言えば、
自分の心の中にある、死んでしまった人へのあまりに近しい想いを一旦断ち切るとい
う出口である。

JMM、すなわち日本語での読者・書き手である「私たち」という前提で言えば、こ
こ数日間の戦況の急激な展開で喪われたものとは、近しい人びとや周囲の風景といっ
た物理的なものというよりは、むしろもっと抽象的な何か、おそらくは言葉に属する
何か、だったのではないだろうか。

戦争で身近な人間が物理的に傷つき殺されていく、そういう人びとの悲嘆とは比べよ
うもないとはいえ、死体や瓦礫の山の映像を目にするたびに、言葉というものの無力
さを噛みしめざるをえない。

それは大量破壊兵器を破棄させる、という目的を達するにあたっての無力さであった
し、またこの目的から外れた形で開始された戦争を止めるにあたっての無力さでもあっ
た。

もちろんこのように言うと、言葉などというものは「常日頃から」無力なのだという
シニカルな答えで返されるのは目に見えている。実際、テクノロジーの新しさから来
る外見に反して、自国の実力のみを頼りとする米国の態度は、この点で恐ろしく「古
典的」である。国際関係・戦略研究所のパスカル・ボニファスが指摘するように、ソ
フト・パワー(外交など)に対するハード・パワー(軍事力など)の優位に立脚した
ブッシュ政権の国際戦略ドクトリンは、それこそ15世紀に生を享けたマキァヴェリ
の権力観と大差がない(※1)。

フランス・ナショナリズムと対米批判の関係については別に論じたのでここでは繰り
返さない(※2)。だがフランス自体の石油利権や国内政局上の事情は無視できない
としても、少なくとも多極的な世界像に基づいた紛争の法的・制度的解決という構想
自体は、欧州的枠組が体現する新しい方向性とといえる。

〔ちなみに国内政治に関して一言すると、パリの反戦デモにフセイン大統領の肖像が
 現れた先々週末あたりから、フランス政府は国内の過度の反米的・反イスラエル的
 動きに警告を発してきている。なおこの点では、キリスト者の立場からブッシュ政
 権批判とフランス国内での各宗教の協働を説くカトリック系日刊紙ラ・クロワの特
 集(3月31日付)が興味深い内容であった〕。

またわが国においても、政治学者の丸山眞男は既に以下のように述べていた。「戦争
は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数
の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ、平和の道徳的優越性
がある」(※3)。

既にシラク大統領などは声明を発しているが、戦後イラク統治の長期的・戦略的展望
の問題がフランスにおいても今後浮上してくるであろう。しかし今は、世界中でそれ
ぞれの人びとがそれぞれの立場で「喪の作業」を行っているように見受けられる。

それはフランスの多くの人びとにとっては、査察を通じた大量破壊兵器の破棄という
プログラムの「喪」であろうし、おそらくイラクの人々にとっては、直接の戦禍の被
害者はもちろんのこと、全国民にとってサダム・フセイン体制の終焉という「喪」が
到来した、ということである。

そしてアメリカは、9・11という喪失体験を埋めるための「喪の作業」として、イ
ラクの破壊を行ったともいえる。精神分析の教えるところによれば、死者と運命を共
にするか否かという究極的選択を迫られた生者は、死者に対する攻撃性を露わにする
ことによって、「喪の作業」から脱却するのである。

もちろん現時点では、未来は不確定なまま開かれている。合衆国の巨大な「喪の作業」
がイラクだけで終わると考えるのは、いささか楽観的に過ぎるかもしれない。人類学
者のモーリス・ゴドリエと経済学者ジャック・サピールが4月4日付のリベラシオン
紙に共同で発表した一文(「合衆国と混沌」)で指摘するように、アルカイダとイラ
クのつながりに関する明確な立証がなくとも、攻撃は現に行われたのである。

しかしそれなら、何が私たちに出来るのだろうか。この問いにいったん立ち止まって
考えて見ることが、現下私たちが行うべき「喪の作業」であるかもしれない。


(※1)パスカル・ボニファス「ブッシュとマキァヴェリ・シンドローム」
http://www.iris-france.org/pagefr.php3?fichier=fr/Archives/Tribunes/2003-03-20
(※2)拙稿「フランス・ナショナリズムと対米批判〜フランスからの報告」
    『週刊読書人』2003年4月11日号。
(※3)丸山眞男からの引用は一橋大学大学院・加藤哲郎教授のHPによる。
ここにURLを記して感謝します。http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml

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大中一彌(おおなか・かずや)
パリ第十大学第三(博士)課程、早稲田大学大学院政治学研究科(政治思想)

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●(注)『パリは燃えているか?』というタイトルは編集長であるわたしが考えたも
のです。フランス及び欧州が国際政治の場で注目を集めるのは久々で、巨匠ルネ・ク
レマンがアメリカ資本で撮った偉大なる失敗作を想起してこのタイトルを考えました。
                                   村上龍
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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