現在地 HOME > 掲示板 > 戦争31 > 1164.html ★阿修羅♪ |
|
ウォーラーステインの展望
安濃一樹
ヤパーナ社会フォーラム
http://www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/index.html
戦争のような大事件が起こると、情報は混乱します。私たちは少なからず振り回される。
それに加え、世界の主流メディアは、イラクに対する武力行使を正当化して、戦争を鼓舞するという役割を果たしてきました。私たちが惑わされても当然かもしれません。
こうした時には、長期にわたる展望を持つウォーラーステイン(歴史社会学)が役に立ちます。
近代世界システム論にもとづく彼の分析によると、アメリカは世界システム(資本主義市場経済のシステム)におけるヘゲモニー国としての地位を2001年に失っています。
私たちは、世界の市民として、これから長くつづく混乱の時代に、何を目標とするべきでしょうか。長期的な展望が、今現在の行動を選択するための指針になると思います。
イマニュエル・ウォーラーステイン 時事評論 第110 2003年4月1日
「始まりの終わり」
第二次世界大戦で連合軍が攻勢に転じたとき、ウィンストン・チャーチルはこう尋ねられた。――これが終わりの始まりだろうか。英国首相の答えは人びとの記憶に残るものとなった。――いや、これはたぶん、始まりの終わりだ。
アメリカは、1945年から2001年まで世界の秩序をわがものとしていた。そのあと秩序が乱れて混乱期を迎えたが、イラク戦争で混乱期の第一段階が終わる。
45年に第二次世界大戦が終わり、あらゆる分野で圧倒的な力を示したアメリカが、世界システムの覇権[ヘゲモニー]をにぎる超大国となった。世界システムが意のままに働くよう強制するため、アメリカは新しい機構をつぎつぎと設立した。その中心は、国連安全保障理事会・世界銀行・IMFという国際機関や、ソ連と結んだヤルタ協定である。
アメリカがこうした機構を作り上げることができたのは、次の三つの事情による。
1)国内の産業がきわめて高い経済効率を保ち、国外の産業を圧倒したこと。
2)NATOと日米安保条約に代表される同盟関係を[主要な]国々と結んだこと。これでアメリカは、国連など国際政治の舞台で、確実に同盟国の支持を得ることができるようになった。この関係をさらに緊密にしたのがイデオロギーで、「自由世界」という標語をアメリカも同盟諸国もかかげることになった。
3)核兵器の開発競争を制したアメリカが、軍事面で絶対に有利な立場に立ったこと。同時に[核でアメリカに対抗できる]ソ連とは、いわゆる冷戦の時代を通じて[たがいが壊滅するのを恐れ]核兵器が使えないという「恐怖の均衡」を保った。
はじめのうち、このシステムは非常にうまく働いた。アメリカが要求すれば、100回のうち95回は受け入れられた。ただ一つの障害は、利益にあずかれない第三世界の国々が抵抗したことだった。中国とベトナムがもっともいい例だろう。中国が朝鮮戦争に参戦したからこそ、アメリカは開戦の時と同じ地点[まで軍を引いたところ]で、停戦に甘んじなければならなかった。ベトナムはついにアメリカを打ち負かした。これは世界政治に占めるアメリカの地位を大きくゆさぶっただけでなく、(金本位制と為替の固定相場制を終わらせることになったから)アメリカの経済にも劇的な影響を与えた。
アメリカのヘゲモニーにさらに大きな打撃を与えたのは、20年の間に西ヨーロッパと日本が目ざましい発展をとげ、アメリカとほぼ対等の経済力を持ったことだ。世界の経済は三極化し、そこに生産と金融が集中した。こうして三極間で資本の蓄積を目ざすという、いつ終わるとも知れぬ長い競争が始まる。
1968年、世界革命が起きた。その結果、アメリカがよりどころとするイデオロギーは、(形の上で対極にあるソ連のイデオロギーとともに)根底からくつがえされた。
ベトナム戦争、西欧と日本の経済発展、68年の世界革命――この三重の衝撃で、世界システムのヘゲモニーをアメリカが(機械仕掛けのように)たやすく維持できる時代は終わった。アメリカの没落が始まる。このジオポリティクス上の変化に対応して、アメリカはできるかぎり没落を遅らせようと努力した。これでアメリカの世界政策は新しい段階に入った。
(レーガンも含め【1】)ニクソンからクリントンにいたるすべての大統領がとった世界政策には、三つの中心目的があった。
1)ソ連の脅威を声高に唱えることによって、西欧と日本がアメリカに対する忠誠を失わないようにすること。同時に(日米欧三極委員会とG7を通し、パートナーシップというふれこみで)西欧と日本の政策決定に口出しすること。
2)大量破壊兵器の「拡散」を阻止し、第三世界を軍事的に無力にしておくこと。
3)ソ連=ロシアと中国が相争うようにしむけて、両国を不安定な状態にしておくこと。
この世界政策は、ソ連の崩壊までなかなかうまく行っていた。しかしソ連がなくなると、政策の要である第一の目的が成り立たなくなった。89年以降のこうした世界情勢を背景に、サダム・フセインがクウェートを侵略する賭けに出る。フセインは、米軍に[バグダッド]侵攻を思いとどまらせ、停戦を結ぶことに成功した。
第三世界であれほど数多くの国が崩壊したのも、89年にジオポリティックスの変動があったからだ。対応を強いられたアメリカと西欧は、血みどろの内戦を止めたり未然に防いだりするために、泥沼に入り込んでいった。
この分析には、もう一つの要素を付け加える必要がある。資本主義の世界システムが、もともとその構造に危機をはらんでいることだ。これについては、『ユートピスティクス――21世紀の歴史的選択』という本に詳しく書いた。ここでは紙面に余裕がなく、すべてを論じることができないので、本の結論だけをまとめておこう。
過去500年間つづいてきた今のシステムでは、資本の蓄積を長期にわたって続けられるという保証がもうできなくなった。そのため、私たちは混乱の時代を迎えた。経済や政治・軍事の領域で(ほとんど制御不可能な)荒々しい変動が起きる。分岐点にさしかかった私たちは一つの選択を迫られる。次の50年間で、どのような世界システムを新しく築いてゆくのか。これを全世界の人びとが総意にもとづいて選択しなければならない。
新しいシステムが資本主義のシステムにならないことは確かだ。[どんなシステムになるか分からないけれど]二つの可能性があるだろう。ひとつは今と同じ程度か、もっと劣悪なピラミッド型の不平等なシステムだ。そしてもう一つは、真に民主的で平等なシステムである。
タカ派は資本主義を危機から救おうとしているのではなく、もっと劣悪な別のシステムに置き換えようとしている。この事実を把握しておかないと、タカ派の政治を理解することができない。
ニクソンからクリントンまで続いたアメリカの世界政策は、もう効果がないばかりか危機を招くだけだとタカ派は考えている。効果がないのは、おそらく確かだろう。しかしそのかわりにタカ派が進めようとしている政策は、あらかじめ計画して他国に軍事介入することである。自らの利益を追求するためには、最も猛々しい攻撃性を示すしかない。彼らはそう信じて疑うことがない。(私は、それがアメリカの利益になるとは言っていない。そうなるとは思えないからだ。)
2001年9月11日、オサマ・ビンラディンがアメリカへの攻撃を成功させた。歴史上ほんとうに始めてのことだが、この事件のおかげでタカ派は、アメリカ政府の短期政策を決定できる立場に立った。ただちにタカ派は、対イラク戦争の必要性を訴えた。それが彼らの中期計画の第一段階になると考えてのことだった。戦争が始まり、この段階に入った。始まりの終わりと私が言ったのは、この理由による。
私たちの行く末はどうなるのか? それはある程度までイラク戦争がどうなるかにかかっている。開戦から一週間たつが、タカ派たちが思い描いていたほどの戦果は上がっていない。どうやら、ずるずると長引く血なまぐさい戦争になりそうだ。おそらくアメリカは(確実にとは、とても言えないが)サダム・フセインを倒すだろう。しかし、問題はそこから始まる。山積みとなる問題については、前回の評論「すべてを賭けたブッシュ」(3月15日)で詳しく述べた。
戦争がうまくいかないと、さらにタカ派たちは破れかぶれになる。これまで以上に強く自分たちの政策を押し進めるだろう。タカ派の政策には二つの短期目標がある。ひとつは、核兵器を持つ可能性のある(北朝鮮やイランなど)第三世界の国々を攻撃すること。もう一つは、アメリカ国内に強圧的な警察機構を作り上げること。この目標を確実に達成するために、彼らはつぎの[大統領]選挙で勝つ必要があるだろう。
タカ派の経済計画を見ると、まるでアメリカを破産させようと狙っているようだ。そんなつもりはまったくないのだろうか。それともアメリカの資本家階級の中枢に自分たちの野望を阻もうとする勢力があると見て、[経済的な]打撃を与えたいのか。
今この時点で明らかなのは、世界の政治闘争が激しくなることだ。1970年から2001年までつづいたアメリカの世界政策を忘れられない人びとがいる。共和党の穏健派や民主党系の人びとだけではない。西ヨーロッパで米タカ派に抵抗する人びとが、同じように昔を懐かしんでいる。彼らは、かつて味わったことがないような、とてつもなく厳しい政治選択を強いられるかも知れない。
このグループに属する人びとは、世界情勢を分析する上でおおむね中期的な展望を持たなかった。タカ派たちがなんとか消え去ってくれるだろうと、何の根拠もないのにただ待ち望んできた。タカ派たちが自ら退くことなどありはしない。しかし彼らと対決し、打ち破ることは可能である。
【1】レーガン政権の主要なポストには、タカ派と目される人物たちが数多く登用されていた。しかし彼らは、政策を左右できるほどの影響力を持つことができなかった。
Immanuel Wallerstein, Commentary No. 110 (April O1, 2003), “The End of the Beginning.”
http://fbc.binghamton.edu/110en.htm
日本語訳 http://fbc.binghamton.edu/110jp.htm
著作権/原文に関するすべての権利はウォーラーステイン本人が留保する。
翻訳に際しては本人から直接に許可を得た。
【 】は訳者注。
( )は原文の挿入語句。
[ ]は訳者による補助語句。
翻訳/安濃一樹・別処珠樹
ウォーラーステインは記事の転載を歓迎しています。
ただし、商業ベースの出版物やサイトに掲載する場合は本人の許可を得てください。
ウォーラーステインのメールアドレス
iwaller@binghamton.edu