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哲学クロニクル 第370号
(2003年4月14日)
世界無秩序の始まりの終わり(1)
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イラク情勢は一挙に思わぬ展開になってきました。こういうときは、理論的な枠
組みのスパンの長いウォーラーステインに登場してもらいましょう。
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世界無秩序の始まりの終わり(1)
(イマヌエル・ウォーラーステイン、2003年4月1日)
http://fbc.binghamton.edu/110en.htm
第二次世界大戦の転換期に、ある人がチャーチルに尋ねたそうだ。今の戦闘は終
わりの始まりなのかと。するとチャーチルが、いや、始まりの終わりだろうと答
えたのは有名な話だ。このイラク戦争で世界はいま、新しい「世界無秩序」の始
まりの終わりを経験しているのである。アメリカ合衆国は1945年から2001年まで
支配していた世界秩序に代えて、この世界〈無〉秩序を作り出しているのである。
1945年に二次大戦が終わると、アメリカ合衆国はすべての分野で大国として登場
した。世界システムにおける覇権を確立し、世界システムに一連の構造を押しつ
け、世界システムがアメリカの望みどおりに機能するようにした。この構造の核
心となる制度は、国連の安全保障理事会、世界銀行、IMF、ソ連とのヤルタ協
定だった。
アメリカ合衆国がこうした構造を確立できた背景には、次の三つの要因があった。
第一に、アメリカに本拠を置く生産企業の競争効率が他の企業を圧倒するものだっ
たこと、第二に、NATOの日米安保条約など、アメリカの同盟国のネットワー
クが、国連やその他の場所でのアメリカの地位をそのまま政治的な支援するもの
であり、アメリカとその同盟国が旗印とする「自由世界」というイデオロギー的
なレトリックで、これが強化されていたこと、そして第三に、アメリカの管理す
る核兵器と、いわゆるソ連との「力の均衡」に基づいて、軍事面での圧倒的な優
位を確保していたことである。このパワー・バランスで、いわゆる冷戦の間は、
どちら側も相手に核兵器を使わないことが保証されていたのだった。
このシステムは当初はとてもうまく機能した。そしてアメリカはほとんどいつも
自分の望ものを手にしていた。ただ一つだけ障害があった−−このシステムの恩
恵にあずからない第三世界の抵抗である。特に顕著なのは中国とベトナムの抵抗
である。中国が朝鮮戦争に参戦したために、アメリカは最初に望んだよりも、ご
くわずかのもので満足するしかなかった。そしてベトナムは最後にはアメリカを
打ち負かしたのである。これは政治的にも経済的にも、アメリカの立場への劇的
な衝撃だった。
そしてアメリカの覇権にさらに大きな打撃を与えたのは、その二〇年後に、西欧
と日本が経済的に大幅な進歩を実現して、経済的にはアメリカとほぼ同等な地位
に立つようになったことである。そしてアメリカ、西欧、日本という経済と財政
の三つの極の間で、資本の蓄積をめぐって長い競争が続けられることになった。
そこに1968年革命が訪れた。これがアメリカのイデオロギー的な優位を根本的に
揺るがしたのである(同時にソ連の偽りのイデオロギー的な優位も揺らいだので
ある)。
この三重のショック、すなわちベトナム戦争、西欧と日本の経済的な興隆、世界
1968年革命が、世界システムにおいてアメリカが楽々と(自動的に)覇権を確保
できた時代を終焉させた。こうしてアメリカの衰亡が始まる。アメリカはこの地
政学的な状況の変動に対処するために、衰亡をできるだけ緩慢なものとしようと
した。アメリカの世界政策の新しい時代が始まったのである。ニクソンからレー
ガンを経てクリントンにいたるまでのすべての大統領が、これに努力してきたの
である。
この政策の核心は、次の三つの目標にあった。一)西欧と日本に、ソ連の脅威が
続いていると脅しながら、意思決定にいくらか参加させることで(G7などでの
いわゆるパートナー関係)、アメリカへの忠誠をつなぎとめること。二)大量破
壊兵器の「拡散」を阻止することで、第三世界を軍事的に無援にすること。三)
ソ連/ロシアと中国を「手玉に取る」ことで、両国の間でバランスがとれないよ
うにしておくことであった。
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(c)中山 元
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