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【JMM-冷戦彰彦<戦時の情念>】
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投稿者 愚民党 日時 2003 年 4 月 07 日 01:39:57:

                             2003年4月5日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.212 Saturday Edition
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                           http://jmm.cogen.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第86回目
   「戦時の情念」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』 第86回目
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「戦時の情念」

イラク戦争の開戦から二週間が経ちました。現状を一言で言うなら、社会全体から現
実感が失われたという感覚でしょうか。ニュースを見ても、人と話をしても、株価の
行方を見ても、何もかも現実感が乏しいのです。言論の自由や、知る権利が失われて
いて、その息苦しさが現実感覚を奪っていることもあります。戦場における死の連続
という現実を聞かされるたびに、戦地から遠い私達には、何もかもが非現実のような
感覚になる、そんなこともあるでしょう。

それにしても、戦時報道体制はメチャクチャです。特に、ここ三日間、米軍がカルバ
ラ近郊からバクダッド郊外へ突入した(らしい)という重要な局面において、実態は
ほとんど伏せられています。戦争報道自体は、各局とも最大限の体制を組んでいるの
ですが、その放送時間の40%ぐらいはPOW(捕虜)の状態から「奪還」されたリ
ンチ上等兵という19歳の女性兵士の動静に割かれています。

「救出」された時点以来、娘の帰りを待つ父親は何度も何度もTVのインタビューを
受け、それが日増しにエスカレートしています。最初は事情があるのか出てこなかっ
た母親や、親戚、友人まで、色々と趣向を凝らした取材がされて、リンチ上等兵の
「無事」が、いかにも国民的な「慶事」であるかのような演出が続いています。そこ
には、一週間前にイラク国営TVが放映した「怯えた捕虜の映像」に怒ったことへの
「落とし前」をつけようという心理があるのでしょう。

「怯えた捕虜の映像を公開したのは許せない」という感情が「捕虜の虐待や惨殺が行
われているだろう」という予見になり「ならば、捕虜を奪還してやろう」ということ
になって「相当数の犠牲が出たのに、女性兵士一人を奪還した」こと一つを、三日連
続でトップ・ニュースに使うことができる心理が生まれたのでしょう。そして、それ
が「首都突入作戦」に関する情報公開を隠す効果になっているのです。その結果とし
て、「短期解決」を期待して上昇した株価(しかし、そんな材料で市場が動くのです
からひどい話ではあります)も三日持たず、3日の木曜日にはズルズルさげました。

これは一つの例であって、とにかくアメリカのメディアの報道内容は日増しにひどく
なっています。例えば、ヨルダン情勢の説明はほとんどありませんから、ヨルダンに
難民が出ていない(4月3日現在)というニュース自体がほとんど伝えられていませ
ん。また、クルド人の微妙な立場について、そして何よりもクルド人自治の強化を恐
れているトルコの立場の説明もほとんど伏せられています。

また、バスラでの抵抗や英軍の包囲の話は出てきますが、こうした南部の住民がシー
ア派イスラム教徒であって、どちらかと言えばイランの原理主義運動に共鳴する人た
ちだという説明も全くないのです。私は日本のNHKを中心とした報道内容を「TV
ジャパン」で見ることができますが、その有り難みを今回はひしひしと感じます。N
HKのニュース番組で、江幡謙介さん、酒井啓子さん、大野元裕さんといった専門家
の方々が解説するような内容は、日本の視聴者には当たり前の知識なのかもしれませ
んが、アメリカでは本当に貴重なのです。

非現実感の原因は、そうした報道姿勢にもあるのでしょう。クルド人や、シーア派の
問題を説明しないというのは、理由は簡単です。サダム・フセインを始めとするスン
ニー派を「敵」とするアメリカにとって、「敵の敵」であるはずのクルド人やシーア
派は、本来なら味方になるべき存在です。ですが、このイラク情勢に関しては、そう
は簡単には行きません。クルド人が「善玉」になりすぎますと、NATOの一員であ
るトルコの利害との紛争が激しくなります。シーア派は、現在でも「悪の枢軸」とし
てアメリカが敵視しているイランに通じますから、いくら「敵の敵」でも持ち上げる
訳にはゆかないのです。

そうした複雑な背景がありながら、クルド人やシーア派には期待感があります。クル
ド人は、北から攻め込む際の(静かな)協力者として、そしてシーア派は南部平定へ
の投降者となることが期待されています。そうなりますと、今度は、メディアとして
「多少の善玉」として扱うこととなり、その場合はトルコとの紛争や、原理主義との
親近感の話は伏せる傾向になるのです。要するに、実に身勝手なのです。「敵の敵」
として利用しながら、その本質を知ってしまっては親近感が湧かないから、必要に応
じて本質を隠して報道しよう、そんな姿勢と言って良いのでしょう。

反軍的な報道が切り崩されているというのも、今回の特徴でしょう。伝説の記者ピー
ター・アーネットが31日の水曜日に突然解雇された事件がその良い例です。アーネッ
トの経歴は実に華麗です。第一次湾岸戦争の際には、米国系の他の記者が退去した後
もバクダッドに残り、主として誤爆問題の摘発を続けていました。「爆撃された兵器
工場が、子供向けのミルク工場だった」というレポートは全世界を震撼させ、またペ
ンタゴンを激怒させたものです。

アーネットには「売国奴」というような罵声も浴びせられましたし、明らかにイラク
政府の統制の中で活動していたということもあり、非難されても仕方がない面もあり
ました。ですが、その際は、CNNのテッド・ターナー会長が徹底的にアーネットを
守り通し、結果的には伝説の記者という名声が確立しました。ですが、ペンタゴンは
アーネットのことを恨みに思っていたのでしょう、アーネット自身は常に毀誉褒貶の
中におかれました。

そのアーネットは、98年にCNNやタイム誌の企画としてベトナム戦争当時に「脱
走兵」をサリンを使って迫害したという米軍のスキャンダルを告発して、再度軍部を
激怒させたのが有名です。この事件は、最終的に軍が勝利し、アーネットの報道は全
てが誤報ということになりました。これを契機にアーネットはCNNとの関係を切ら
れ、TVなどの華やかな舞台からも消えていました。

そのピーター・アーネットが、今度はNBCと「ナショナル・ジオグラフック」の記
者という肩書きで、戦火迫るバクダットから毎日中継を始めたのですから、私も驚き
ました。ところが、そのアーネットは、こともあろうにイラクTVのインタビューに
応じて、「米軍の作戦は失敗しつつある」とやったのですから大変です。視聴率を期
待して雇ったNBCもさすがに「これはマズイ」ということになり、アーネットは
「謝罪会見」と共に即時解雇になりました。

ただ、彼の話にはすぐに後日談がついています。その翌日には、英国の反戦タブロイ
ド紙「デイリー・ミラー」が彼を記者として即日採用したというのですから、こうな
りますと虚々実々の世界という感じでしょうか。私の見るところ、アーネットの場合
は、軍を向こうに回し、イラク政府を利用しながらの危険な冒険をするには、余りに
アメリカ世論に無神経だったということなのかもしれません。しかし、今回も真相は
ヤブの中ということのようです。

アーネット解雇のニュースが流れた日には、往年の同僚の失脚を聞いて、CNNのリ
ベラル寄りの記者達は動揺を隠しませんでした。ただ、その思いは、ライバルFOX
の記者、ジェラルド・リベラへのバッシングという形で奇妙な現れ方をしました。リ
ベラは元々中道右派の話術巧みな記者で、NBC系のケーブルでのトークショーの司
会で人気がありました。OJ・シンプソン事件の際の判決批判、クリントン=モニカ・
スキャンダルの際の大統領批判では、おおいに視聴率を稼いだ人気者です。

そのリベラは、911直後にNBCに辞表を叩きつけ、FOXに移籍しました。アフ
ガン戦争という事態に「いても立ってもいられなくなった」というのが表向きの理由
で、移籍先のFOXニュースではトークショーではなく、正に戦争記者としてアフガ
ンに、そして中東にと最前線からのレポートに徹していました。右派という立場ははっ
きりしているのですが、アフガンの貧困に涙したり、パレスチナの窮状を憂える人情
報道は、人気があるのも分かります。

そのリベラが問題を起こしました。米軍の動向取材(エンベッドというものです)に
際して、敵に現在位置を知られるような「具体的に過ぎる」報道をしたというので、
「警護脱出」という形で米軍が前線から追放したらしいのです。リベラは事実を否定
しており、FOXも反省のコメントを出しておらず、こちらも真相はヤブの中です。
ですが、CNNでは、旧友アーネットの仇という心理(?)と、FOX憎しの一念か
ら、リベラの問題には非難を浴びせていました。そんな様子ですから、TVの報道と
いうのは実にお粗末極まりません。

その一方で、元気が良いのが軍のOBです。ウェスリー・クラーク(CNN、空将、
コソボ紛争当時のNATO軍司令官)、バリー・マッキャフリー(NBC、陸将、湾
岸戦争)、ドン・シェパード(CNN、空将、湾岸戦争)の三人あたりは、それこそ
TVに出ずっぱりで言いたい放題という観があります。クラーク将軍に至っては、開
戦自体に絶対反対でしたし、開戦後の戦局分析については、三人ともほとんど言うこ
とは一緒です。つまり、冒険主義に反対するということです。

補給路の怪しい中で、市街戦へと突っ込むな。民間人犠牲の出そうな作戦をするな。
高温と砂嵐という気象条件を侮るな。まあ、こうしたことは後輩の立場を心配する軍
OBとしては至極当然だと思うのですが、ペンタゴンとしては不愉快極まりないとい
うことで、「軍の先輩には立派な人もいるし、そうでもない人もいる」という2日の
ラムズフェルド国防長官発言につながっているのでしょう。もっともこの発言への感
想を問われたマッキャフリー将軍は「軍を知る我々にこそ、客観的な分析を伝える責
務があるんです」と完全に開き直っているので、良い勝負というところではあります。

そのラムズフェルド国防長官は、3日の会見で「無条件降伏以外には、一切の交渉に
は応じない」と強硬姿勢を貫いています。更に「バクダッドには特殊戦闘員しかいな
い。つまり今首都に残っているのは全員が戦犯だということだ」というヤクザの脅迫
のような文句を吐いています。これには、NBCのジム・ミカロウスキーが「それは
何かの脅しですか。正確な意味を説明して下さい」と詰め寄っていました。ラムズフェ
ルド長官は「戦犯というのは、つまり正規軍の将校が軍服を脱いでゲリラ戦を始めた
ら、それは国際法違反だというとだ」と曖昧に逃げていましたが、私には市街戦の際
には相当な火力の使用も辞さずという恐ろしい宣言にも聞こえました。

気がつくと、反戦の声は小さくなってきました。前号でお伝えした4月1日のワシン
トンのデモは、結局低調だったようですし、NYで散発的に繰り返されているデモも
動員が弱くなっているようです。12日の土曜日にはワシントンで反戦集会が計画さ
れているようですが、主催者側は動員への危機感を強めているようでした。

報道統制が戦争の現実感を奪っているとして、前面に出ているのは何でしょう。それ
は感情論に他なりません。その場合の感情論とは、もはやフセイン憎しということで
はありません。まして、「大量殺戮兵器拡散」への怒りでもありません。テロの恐怖
というのでもなくなりました。今は、ひたすらに米軍の犠牲者、捕虜への同情論を煽
る、それが政権の意図のようで、全米が見事にその感情論に誘導されています。

"Supoort US Troop"(米軍を支持しよう)というスローガンがじわじわ広がり、今週
末あたりからは全米各地で軍支持の集会が計画されているようですが、それもこうし
た情念に支えられています。これでは、まるで完全に戦時の世論誘導体制です。そう
なのです。現実感の欠如というのは、この戦時の情念のせいなのです。

50人前後という米兵の死者数が、崇高な犠牲として祭り上げられて行っています。
その一方で、1500名というイラク側の民間人犠牲の話は、一切語られません。1
9歳の女性兵士、リンチ上等兵を捕虜から奪還した「美談」は語られても、その奪還
劇における8人とか11人という米軍の犠牲については語られません。そして、戦争
の帰趨を制するバクダッド市街戦に関する報道をする代わりにリンチ上等兵の「美談」
に時間を費やす。それもこれも、戦時の情念のなせる業と言って良いでしょう。

結果として、現在のアメリカ世論には、この戦争の出口をさぐる力は残っていません。
イラク国内の人種と宗教の三すくみのことも知らされておらず、ただひたすらに米兵
の犠牲に涙し、敵を憎み、国連を信用しない。そんな世論の状態からは、戦争の出口
は見えません。そして全ては戦況にかかっています。戦況が泥沼化すれば、経済が持
たなくなり、何らかの解決が模索されるでしょう。戦況が「スムーズ」に行ったら行っ
たで、戦後処理に国連という枠を使うかどうか、イラクの新政権構想をどうするのか、
これまで決めずにズルズル来たツケが一気に押し寄せます。

戦争は紛争解決の手段として下策です。それは殺戮を伴う非人道性、力を背景とした
非道義性のためだけではありません。人命をおもちゃにする熱狂が、当事者の冷静な
判断力を失わせる、この問題も大きいように思います。アメリカが人命の犠牲を省み
ずに突っ走り、その情念の勢いで何もかもを自分のものにするような戦後処理しか描
けなくなった時、アメリカそのものが自滅します。

その意味で、今週から英国、日本、フランスなど、アメリカ以外の国々が静かに外交
努力を再開しています。これはたいへんに重要です。各国が世論との冷静な対話を続
けながら、国連という無色透明な場を再び機能させて、行き場を失ったアメリカの情
念を抑えて和平へと誘導する、どうもそちらの方が「手っ取り早い」ようです。アメ
リカの分裂と再生を待っている時間はないようです。

頼みの日本ですが、中国広東省に発生したSARSへの過剰反応から、今度は中国と
の経済的な絆まで弱くなるようですと大変です。SARSを甘く見てはいけないので
しょうが、このまま「身内と外の世界を区別する文化」、「伝染病をケガレとして忌
避する心情」に流されて思考停止になっては戦争に狂うアメリカの情念を批判はでき
なくなります。

坂口厚生労働相の訪中中止など、論外です。狂気の沙汰です。中国が困っている時に
こそ、日本の衛生行政、伝染病管理のノウハウを引っさげて、初期対応の遅れを批判
しつつ、行って堂々と助けてあげるべきです。日本の「国益」に関しても国境を閉じ
るよりも、中国での感染拡大を抑えるよう積極支援策に出るほうが感染者を抑える意
味でも、経済関係という意味でも重要に思います。WTOの調査団の報告を呑ん気に
待っている暇はないでしょう。中国もさすがにメンツばかり言う余裕はないはずです。

アメリカについて言えば、現時点でのSARS報道は無気味なぐらい抑制されていま
す。ただ、これ以上感染が拡大しますと、911からイラクへの情念の流れと同じよ
うに、対中国関係や、中国系移民社会との間でもギクシャクが始まる危険もあります。
それだけに日中提携による感染拡大阻止は重要です。国境を分断し、人々を色分けし、
身内に閉じこもる愚行はアメリカのイラク戦争で沢山です。地球をこれ以上ブツ切り
にしてはなりません。


冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm04-22

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                   発行部数:115,953部(3月31日現在)

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【編集】 村上龍
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