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新世紀へようこそ 098 by 池澤夏樹 より
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レバノンのアル・ミナールというテレビ局の取材陣が、イラクの砂漠の中でアメリカ兵40名ほどの死体を発見したというニュースがインターネットで伝えられました。
現場は大規模な戦闘があった模様だけれど、イラク側の兵士の死体はないし、負傷兵はいない。そちらは搬出されたらしいのです。
スタッフは衛星電話で本部にこのことを報告。本部はアメリカ軍に連絡を取りました。
すぐにアメリカ軍のヘリコプターが来て、取材陣のカメラや機材を破壊し、このことは誰にも言うなと脅しました。
本部に戻ってみたら、そちらにもアメリカの憲兵が来ていて、機材を壊し、すぐにイラクから出ていけと言った。
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新世紀へようこそ 098
戦争を止める力
アメリカとイギリスが戦争を始めて2週間が過ぎまし
た。
燃えるバグダッドを見るのはショックでしたし、知っ
ている地名が次々に爆撃の対象として、あるいは地上戦
の場としてニュースに出てくる。見ているのも辛いこと
です。
ナシリヤのあの市場、ナジャフの大きなモスク、モス
ルの大学、ヒラのホテルで結婚式を挙げていた若い二人、
会った人々の顔が浮かびます。
みんな無事でいてほしいと願いますが、すでに多くの
犠牲者が出ています。日常生活ならば放火でさえ犯罪な
のに、あれだけ都市を大規模に破壊し、人をたくさん殺
して、それを得意げに記者会見で発表する。
戦争というのはなんと異常な事態でしょう。
個人的な思いとは別に、戦争になってからこれだけ日
がたつと、戦況についてもいろいろなことを考えます。
まず、明らかになったのは、攻撃する側のあまりの無
知と愚かさです。
ペルシャ湾の側から上陸した米軍は、民衆が歓迎して
くれないので落胆したと言いました。サダム・フセイン
の圧制から自分たちを解放してくれてありがとうと、イ
ラクの民衆が星条旗を振って迎えることを期待していた
らしい。
前線の兵士ばかりか国防総省までそう考えていたとし
たら、彼らはいったいどういう情報をもとに開戦に踏み
切ったのか。
イラク国内の雰囲気について、自分たちに都合のよい
幻想を抱いていたのでしょうか。その幻想に頼って、大
量の爆弾とミサイルを落とし、たくさんの人を殺してい
るのでしょうか。
いきなり大規模な爆撃を浴びせて相手の戦意を奪う「
衝撃と畏怖」作戦にしても、意図とは逆にイラクの人々
の強い反発を呼び覚まして戦意を高揚させる可能性が多
分にあった。そちらはまるで考えていなかった。中東の
歴史も人の心理もぜんぜんわかっていないらしい。
砂嵐はあそこでは毎年起こっている自然現象です。そ
れが作戦計画に織り込まれていたとしても、結果的には
砂漠の自然を見くびっていたことになる。
いずれにしてもイラクを知らないまま、無理な戦争を
始めてしまった。
これはもう構造的な無知という印象です。
こういう分析をしながら、そんな無知と傲慢のために
イラク人が死んでゆく事態を嘆かないではいられません。
日本ではデモは無力だという声も聞きます。
しかし、デモをはじめとする平和アピールには力があ
ります。開戦は止められなかったけれど、戦争を早く終
わらせるのに、デモは効果的です。
どこの国でも政府はデモではなかなか動かない。しか
しメディアは動きます。
今、フランスやイギリスはじめ各国のメディアがバグ
ダッドに残って報道を続けています。
なぜ彼らが危険を承知で残っているかといえば、人々
がニュースを求めているからです。カタールの英米軍司
令部のゆがんだ発表ではなく、本当に現地で起こってい
ることが知りたい。
湾岸戦争の時より技術力が格段に増したアラブ圏のメ
ディアの威力も大きい(例えばカタールのアル・ジャジ
ーラというテレビ局)。
何十万もの人がデモに参加すれば、人々の強い関心が
そこにあるとメディアは気づきます。報道に対する使命
感が湧いて、現地からのレポートに力が入る。彼らを支
えているのは人々の関心であり、それはデモによって表
明されたものです。
侵攻した側にとってはとてもやりにくい戦争になりま
す。
レバノンのアル・ミナールというテレビ局の取材陣が、
イラクの砂漠の中でアメリカ兵40名ほどの死体を発見
したというニュースがインターネットで伝えられました。
現場は大規模な戦闘があった模様だけれど、イラク側
の兵士の死体はないし、負傷兵はいない。そちらは搬出
されたらしいのです。
スタッフは衛星電話で本部にこのことを報告。本部は
アメリカ軍に連絡を取りました。
すぐにアメリカ軍のヘリコプターが来て、取材陣のカ
メラや機材を破壊し、このことは誰にも言うなと脅しま
した。
本部に戻ってみたら、そちらにもアメリカの憲兵が来
ていて、機材を壊し、すぐにイラクから出ていけと言っ
た。
この一例からだけでも、彼らがいかにメディアを恐れ
ているかよくわかります。
つまり、デモによって関心を表明するのはそれだけの
効果があるのです。
それとはまた別の反戦の意思表示として、アメリカ製
品のボイコットが話題に上がってきました。
最初にボイコットを言ったのはアメリカ側です。フラ
ンスのワインは飲まないと公言して地面に流したり、フ
レンチ・フライをフリーダム・フライと呼ぶと言ったり、
どうも感情が先走っている。
フランスから貰った「自由の女神」像は返すのでしょ
うか。アメリカ独立を支えたフランスの民権思想は否定
するのでしょうか。
反戦のためアメリカ製品のボイコットを提案する人々
はもう少し真剣です。本当に不買運動でアメリカに圧力
をかけたいと思っている。
しかし、今、どこの国の市場にもアメリカ製品はあふ
れています。全部をボイコットするのは容易ではないで
しょう。
それに、アメリカ人がみなイラク侵攻に賛成している
わけではない。
アメリカ国内の反戦派は最も果敢に意思表示をしてい
ます。アメリカ全体をまとめて敵視してはいけない。
ではアメリカの主戦派だけに効果のあるボイコットは
できないか。
買ってはいけない商品を選び出せばいい。選択の基準
は、ブッシュ政権に献金している企業の製品は買わない、
ということです。
主旨は明快であり、目標が少ない分だけ集中的な効果
がある。
言ってみればこれは、商品を選んで買うという日常的
な行動を通じての投票です。
例えば、 Peace Choice というサイトを見てください。
http://www.peace-choice.net/index_jpn.html
(このページは日本語です。)
実際にはすべてを拒むのはむずかしい。
一つでも買わないのは効果があるとぼくは考えます。
その一方で、企業にメールや葉書を出してなぜ買わな
いかを伝えることも大事です。
Peace Choice が優れているのは、買うべきでない商品
のリストの横に、それに代わる商品のリストも挙げてい
ることです。
ブッシュ政権に献金していない企業の名を見てゆくと、
グローバルよりもローカル、資源浪費よりは資源維持と
いう一つの流れが見えます。
イラクの戦争は世界経済ぜんたいの動向を反映してい
ます。グローバリズムはどうしても侵略を伴う。
武力行使をしながら、戦後の復興計画で儲けることを
計画する姿勢とグローバリズムの間には似たものがあり
ます。
復興の援助ばかり言う日本政府の姿勢は偽善そのもの
です。
世界ぜんたいで不買運動が高まれば、これらの企業は
ブッシュ政権への献金を止めるか、あるいは停戦に向け
て圧力をかけるでしょう。
前回の「097 戦争が始まった」の中で大きなミス
をしました。
「人道的介入」について書いている部分、「旧ユーゴ
スラビアの内戦の時はこの理由によって国連軍が武力を
行使しました」と書いたのは誤りで、あの時に武力を用
いたのはアメリカを主力とするNATO軍でした。
国連安全保障理事会の決議なしで行われた武力行使で
した。
前にも書きましたが、「人道的介入」はまだ手順では
なく理念であり、非常にむずかしい、危険な試みです。
これまで、多くの戦争や武力行使がこれに似た理由で
開始されています。しかし本当に成功した「人道的介入」
はまだありません。
ある国の中でアウシュビッツのようなことが行われて
いると明らかになった時、他国は武力をもって介入でき
るか。そこまで遡って真剣に考えなければならない課題
です。
旧ユーゴスラビア内戦の際のNATO軍の武力介入は、
あの時点で虐殺が行われていたことが根拠となりました
が、実際には虐殺は両側にあった。その一方だけに荷担
したことは問題であり、また武力行使後の処理も中途半
端に終わってしまった。
結果として事を解決するには至りませんでした。
(池澤夏樹 2003−04−04)