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2003年4月1日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.212 Tuesday Edition
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http://jmm.cogen.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『パリは燃えているか?;欧州メディアレポート』 第4回目
「バグダッド・カフェ」
■ 大中一彌 :パリ第十大学第三(博士)課程
早稲田大学大学院政治学研究科(政治思想)
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■ 『パリは燃えているか?;欧州メディアレポート』 第4回目
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「バグダッド・カフェ」
フランスだけでなく今や世界中どこにいってもそうなのだろうけれど、戦争報道が花
盛りである。どのメディアも、イラクからの映像や、米軍の戦術、新兵器についての
専門家の解説をとりあえず流しておこうということのようである。
しかしそういうゲームのような、スペクタクル化された戦争報道というのは、生活上
の普段の意志疎通が持つ現実感からは程遠い。図表や数字に還元された戦争は、一瞬
ペンタゴンの作戦立案者になったかのような俯瞰的視点を味あわせてくれる。が、実
際には私たちの大半は、この戦争との関係では、ソファーに座ってテレビを眺める、
受け身の「消費者」である。
そんな中、筆者にとって小さな驚きだったのは、近所のレストラン「バグダッド・カ
フェ」が突然テレビに映ったことであった。カルチェ・ラタンにはこの類のアラブ風
の水パイプが吸え、ミント茶の飲める店が沢山ある(そもそもパリの大モスクのある
地区であり、毎週金曜には礼拝に来る人びとで混雑する)。私はてっきりこの名前は
有名な映画のタイトルから来ているものと思っていたが、それだけではなく本物のイ
ラク人の経営だったようである。このイラク人経営者はテレビのインタビューを受け
て、反政府運動に関わっていたものの、祖国での戦争には反対と言い切っていた。
実は、こうした論調が、開戦後のフランスのメディアに特徴的な報道姿勢をなしてい
る。戦争反対で国論の一致を見たまま戦争の局面に入ったフランスでは、開戦以降外
交攻勢が当面下火にならざるを得なくなったこともあり、大向こうの政治・軍事といっ
たマクロな視点だけではなく、イラクの市井の人びとの視点から戦争を伝えることで、
自らの立場をにじませようとする報道姿勢が目立つ。
連日の新聞見出しも、米軍のプラン通り戦争が進んでいないことを強調するものが多
い。虐殺を行った独裁者であるフセイン氏の体制を支持することはできないが、アラ
ブの大義を説く現地の群集や関係する人びとの声を伝えることで、民主主義の確立と
いった合衆国の戦争目的を単なるスローガン、形だけの美辞麗句として斥けようとす
る傾向が見られる(先日メトロの駅を歩いていて、Vive Sadam !「サダム万歳!」と
いう落書きを偶然目にした。メディアに登場する「良識ある人びと」は口にできない
このセリフ、アラブ系ムスリムの青少年が書いているのかもしれない)。
例えば今日(3月30日)付のルモンド紙には、連日の爆撃にもかかわらず5000
人の観客を集めて行われたバグダッドでのサッカー試合の模様が報じられている。と
はいえ記事によれば、自国トップレベルのこの試合を主催したイラクサッカー協会の
会長は、フセイン大統領の息子であるかのウダイ氏だそうで、純粋なスポーツ上の行
事とはいえない。しかし戦時下のバグダッドでも市民生活は続いているし、続かざる
をえないという趣旨の記事である。
この線でさらに一歩踏みこんだものとしては、同じくルモンド紙(3月27日付)の
イラクのパトリオティズム(愛国意識の高まり)に関するルポルタージュが出色であっ
た。その書き出しは概略以下のようなものである。
「おそらくこの出来事は歴史には残るまい。しかしファデルの若い妻はこの出来事が
おこらないよう万策を尽くしたし、多分決して忘れないはずだ。イラクでの戦争が
6日目に入った3月25日火曜、イラク・イラン戦争の従軍経験もあるファデル・
Oは、サダム・フセインのバース党体制に対するやや諦めの入った、しかしはっき
りとした批判者であるにもかかわらず、自宅近隣の民兵組織に加わった。彼の外国
人の友人たちは、ファデルが能無しのサダムと悪態をつくのを何日も前から耳にし
ている……がファデルは『よく考えた』末、これだけの爆撃があっては、アメリカ
人の進攻を前に『何もせず腕組みしたままというわけにはいかない』というのだっ
た……これが愛国意識の昂揚というものである。多くの人が聞いている外国の短波
ラジオはウムカスルの陥落と、ナーシリヤの街での戦闘と死体の山について報じて
いる……。
同じ頃、バグダッド東部の下町では、仕立て屋の前に長蛇の列ができていた。太っ
ちょのアブ・クサイは喜んで認める。『何日か前から』彼の店の売上高は倍増した。
『前は一日あたり二着か三着民兵の制服を作っていたもんだけど、いまじゃ日に7
着か8着は売れてるよ』……44歳のファデル・フセインはタクシー運転手で、前
の晩注文したオリーブ色の制服を店に取りにきた。が、彼は金持ちではない。そこ
で彼は一番安い生地を選んだのだった。15,000ディナール、大体3,5ユー
ロである。一番高価なものは25,000ディナールもする」。
ルモンド紙の現地特派員が誰の観点から物事を伝えたいと思っているかは一目瞭然で
ある。「顔」の見える生活者としてバグダッド市民をこのように描写されては、フラ
ンスにも少数ながら存在する戦争肯定派にとっては、世論との関係はなかなか難しい
ものとなるはずである。
こういった論調はテレビでも同様で、3月29日のルモンド紙の記事(「条件法陛
下」)も認めるように、「フランスのテレビ局からCNNにチャンネルを変えるとコ
ントラストにびっくりする。同じ戦争とは思えない」といった違いがある。戦争につ
いてのイメージ戦略自体が戦争の一部になっており、しかもこの点で、ブッシュ政権
が国外世論の説得に成功したとは今のところ言い難い様子である。
映画「バグダッド・カフェ」もまたコミュニケーションの問題を扱っていた。ルート
66沿いの砂漠の真ん中にあるこのカフェで、ドイツ人女性のジャスミン(マレーネ・
ゼーゲブレヒト)とカフェの主人である黒人女性ブレンダ(CCH バウンダー)が
次第に心の交流を果たしていくストーリーである。どこかノスタルジックで気だるい
が、ヒューマンでもあるテーマソング(Calling You)は、国籍も文化も人生行路も
まったく違う二人の人間の出会いという内容によくフィットしていた。
ところで「バグダッド・カフェ」はドイツ映画だったはずである。ガランとした砂漠
の空間に響き渡る祈りにも似た Calling Youの歌声が、ほとんど非現実の「異郷」と
してのアメリカのイメージを良く表現していた。今にして思えば、この映画にはどん
な異郷でも人間的コミュニケーションは可能なのだという能動的な《愛》のメッセー
ジが込められていた。ひるがえって、現下の戦争報道で伝えられる「バグダッド」の
非現実感は、戦争が受け身の「消費」の対象になってしまっていることに、根本的に
は起因していよう。戦争の最終的な帰趨も分からぬうちから、(フランスも含めて)
戦後復興について語られることの奇妙さに、この非現実感はどこか相通じている。
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大中一彌(おおなか・かずや)
パリ第十大学第三(博士)課程、早稲田大学大学院政治学研究科(政治思想)
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●(注)『パリは燃えているか?』というタイトルは編集長であるわたしが考えたも
のです。フランス及び欧州が国際政治の場で注目を集めるのは久々で、巨匠ルネ・ク
レマンがアメリカ資本で撮った偉大なる失敗作を想起してこのタイトルを考えました。
村上龍
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【編集】 村上龍
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