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【ロンドン=飯塚恵子】米英軍がイラク南部の要衝バスラを攻めあぐねている。バスラ周辺地域にイスラム教シーア派が多く、湾岸戦争直後の1991年春に反フセイン蜂起(ほうき)も起こったことから、米英軍は当初「米英軍が進攻すれば、住民は米英側につく」と楽観していたが、イラクの住民監視体制が厳しく機能し、決起は不発のままだ。
バスラ市民はシーア派が多数。フセイン政権に忠実なスンニ派の支配政党バース党に強い反発を持っているとされ、3月25日には「暴動」の発生が英軍事筋から伝えられ、一時は「民衆蜂起で、フセイン側が自壊し、無血入城出来る」との見通しも流れた。
だが開戦から10日以上経た31日も、英軍は中心部を攻め切れていない。非正規軍、秘密警察など武装組織が市内にがっちり陣取っており、市街戦を避けたい英軍は、市内に入れないでいる。英海兵隊は31日、バスラ南部約2キロ地点で、イラク側と「開戦後最も激しい交戦」をしたが、なお市街の完全包囲を達成していない。
米英軍の誤算は、フセイン政権が91年の反政府暴動以後に導入した監視体制を過小評価したこと。バスラ市内では、「英軍と接触がわかった途端、処刑される」(英紙タイムズ)状態とされ、民衆は自由に動けない状態だ。英軍は事態打開のために、バース党幹部も軍事攻撃目標にした。さらに、民衆蜂起組織化のために英軍の特殊工作部隊が市内に潜入中との報道もあるが、市民の反応は鈍い。
ブレア首相自身も、3月25日の記者会見で「過去の蜂起の際、多国籍軍が最後まで支えなかったため、(フセイン政権から逆に虐待され)、失望した経験がある」とし、住民が英軍側につかない理由をあげた。首相は「だからこそ私は、今度こそあなたたちを失望させない、と言いたいのだ」と呼びかけた。
英政府筋は「米英軍がもっと戦果をあげないと、民衆は動かない。米英軍への信頼醸成もこれからの仕事」と指摘している。
◆バスラ イラク南東部にある同国第2の都市。人口約150万人。イラク海軍の本拠地でもある。クウェート国境から約70キロで、南からバグダッドを攻略する上での要衝。開戦後は英軍が包囲するが、水道と電気が停止し、市民生活に甚大な影響が出ている。
(2003/4/1/01:23 読売新聞 無断転載禁止)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20030331id29.htm