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戦争という誤算-冷泉彰彦(JMM)
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投稿者 愚民党 日時 2003 年 3 月 22 日 22:39:56:


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■ 『from 911/USAレポート』 第84回目
   「戦争という誤算」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』 第84回目
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「戦争という誤算」

まさか、日本で「その日」を迎えるとは思いませんでした。所用で911以降初めて
アメリカを離れ、東京に滞在していたからです。それにしても、日本社会の雰囲気が
アメリカとこれほど違うとは思ってもみませんでした。街に国旗がない、その一点だ
けで社会が平静に見えるのも驚きです。そして、人々の表情の穏やかなこと。「不況
慣れ」とか「あきらめ」というのとは違うと思います。社会の崩壊に苦しむアメリカ
の雰囲気に比べて、そこには複雑な社会を生き抜く知恵を見る思いでした。

TVを中心としたメディアのバランス感覚は、アメリカとは全く異なる健全なもので
す。空爆開始後も、国内外の反戦運動は報道されていますし、アメリカ政府要人のコ
メントにも客観的な解説がつきます。ブッシュ演説に優等生的な同時通訳が付くのは、
語気や人格のお粗末さ加減が伝わらないもどかしさがありますが、それ以外は、各局
とも良く準備のされた報道ぶりでした。

ドラマなども見てみましたが、この時期にニュース報道の背景を扱った「美女か野獣」
が人気を博しているというのは、とても面白いと思いました。お話自体は荒唐無稽に
しても、「悪を暴く」ジャーナリズムや女性のリーダーシップへの期待感が新鮮でし
た。「 Good Luck!!」の描く無邪気な空への憧れに至っては、いまだ911の悪夢や
メガ・キャリアの経営危機に沈むアメリカとは別世界です。どちらも、演出や脚本に
技術的な甘さがあり、子供っぽい印象を与えるのですが、分裂に病んだアメリカ文化
と比べればはるかに健全であることは間違いありません。

それにしても、時代の呼吸は残酷です。巡航ミサイルが一発着弾するたびに、ステル
ス戦闘機F114が出撃し帰投するたびに、アメリカは世界から孤立してゆきます。
その時代のきしむ音が、ここ日本では聞こえるように思います。今は、金曜日の朝で、
最初の空爆から46時間が経過していますが、これまでの動きは、全て米軍の失点に
なっています。

まず、イラクを暴発に追い込むことができませんでした。48時間とブッシュが自分
を追いつめたのに対して、その48時間の半分ぐらいを経過した時点でフセインの亡
命拒否宣言があり、その後はいつでも攻撃「できる」などとNYタイムスが反戦の立
場から複雑な挑発を仕掛けても、結局流されるように50時間後にミサイル発射に追
い込まれました。

その標的は、サダム・フセインとその家族、側近であって、居所に関する内通を信じ
て攻撃したといいます。この判断も失点なら、暗殺未遂同様の所業をあっさりとフラ
イシャー報道官が認めたのも愚策でした。古今東西の歴史を振り返って、他国の国家
元首の暗殺を国家の正規軍が進め、それを攻撃した国の政府が公言するなどという、
野蛮は聞いたことがありません。

こうなると、プロパガンダもイラクに有利になってきます。第一撃の中にはフセイン
の娘の住居が含まれていたというのですが、事実は確認できないにせよ、そしてイラ
ク側では犠牲者はゼロだと言うにせよ、女性の個人宅にトマホーク、という印象は最
悪です。アメリカとしては延々と続く心理戦の重要な局面で、ポイントを失う結果に
なりました。

しかも、フセインは第一撃以降生死は不明になってしまいました。アメリカのメディ
アは、攻撃後に放映された軍服に黒メガネのフセイン演説を、戦前の収録であるとか
影武者であるとか言っていますが、恐らくこれからはフセインは表には出てこないで
しょう。

アメリカは、既に地上軍も動かし始めました。フセインが死んでいて、軍が武装解除
一歩手前なのか、それとも地下に潜ったフセインと、アメリカのやり方に士気を高め
た共和国防衛軍が守りを固めているのか、もはや分からなくなりました。情報収集
(インテリジェンス)には自信を持っているという米軍ですが、そんな疑心暗鬼にか
られての進軍は恐怖以外の何物でもないでしょう。

米軍には更なる罠が待ち受けています。フセインが見えない恐怖、地の利を持たない
恐怖、そして化学兵器の恐怖、更には一般市民の殺すなという指示も束縛になってい
ます。そんな米軍が、恐怖の極限において、万が一、非戦闘員の大量殺傷を起こして
しまったら、ベトナムの二の舞です。大軍と近代的装備を有していながら、戦争の大
局観に欠けるために全てを失うことも有り得るのです。

政治の破綻が戦争を招いた、確かにそんな見方もできます。一発のミサイルが世界を
変えました。しかしこれからも、政治は続いて行きます。世論とメディアと政治家に
よる各国の複雑な意思決定、そして世界全体としての世論の形成、そうした政治は、
全く局面を変えながら続いて行きます。

今回の開戦で、国連安保理の機能が低下したという見方がありますが、間違いです。
国連や安保理は透明な「場」に過ぎません。基本的に何があっても存続し、何があっ
ても必要なら機能するものです。そして、安保理の機能とは、過去の評価や名誉を論
ずることではありません。常に変わり行く国際情勢で、紛争解決を行うのが唯一の機
能なのです。

判断を下すには早過ぎますが、私には、この戦争は明快な決着はなさそうに見えます。
このままフセインの生死が不明なまま、首都防衛に士気が高まり、ゲリラ的な抵抗が
続けばバクダット攻めは難航します。クルド人の動向、シーア派グループの動向もど
うなるか分かりません。簡単に米軍が勝利すれば、アルカイダに近いクルド人グルー
プ、イランに近いシーア派は「次の」ターゲットになるからです。

長期戦になれば双方の死者はどんどん増えて恐ろしいことになるでしょう。ですから、
「どう曖昧に決着するか」「何をきっかけに停戦へ持ってゆくか」が最大のポイント
です。終わってしまった空爆に抗議をしても始まりません。そのツケは米軍が既に払
いつつあります。政治と外交の新しい幕が切って落とされました。

真骨頂はフランスのシラク大統領でしょう。「イラクが大量破壊兵器を使用したら、
その瞬間にフランスは米英軍に合流する」。これは、米英への単純な「ゴマスリ」で
はありません。フセインへの「使うなよ。使ったら負けだぞ」というメッセージが秘
められており、地中海上の空母シャルル・ド・ゴールに臨戦態勢を取らせながらのパ
フォーマンスには凄みすら感じられます。ある種の正論でありながら、その裏にはど
ちらに転んでも自国の利益が計算できる狡猾な知恵が秘められているからです。

米国内のムードは、開戦と同時に陰鬱さがましているようです。電話を入れて家族に
様子を確かめましたら、プリンストンのあたりでも、911からアフガン戦争の時の
ように「赤青リボン」のバッチを付けた人が出始めているそうです。保守的なラジオ
のトーク・ショーでは、反仏、反独の口汚い意見が飛び交っており、ローカル紙のH
Pが提供している時事チャットでも、反仏の書き込みがメディア「ジャック」をして
いました。

反戦運動の拠点になっている大学には、「理科系の研究室にある核物質、化学物質が
狙われている」から、という口実で、警備体制がエスカレートしています。勿論、反
戦運動への無言の圧力が入っているのですが、運動をしている人たちの方は、そんな
ことでは負けていません。陰鬱な分裂ばかりがエスカレートしているようです。

コロンビア大学などは、911やパレスチナの報道で評価の高いNBCの若手レポー
ターのアシュリー・バンフィールドを呼んで、「戦争とメディア統制」についての
ティーチ・インを行っています。各地でもデモへの動員は衰えず、その一方で警官隊
の警備はエスカレートしていますから、衝突や逮捕の件数は増えているようです。

中でも「サンフランシスコ・クロニクル」紙(トップニュース)によれば、サンフラ
ンシスコでは20日の木曜日の市中での10万人規模のデモで、最低でも1025人
の逮捕者を出したというのですが、その運動スタイルはかなりエスカレートしてきて
おり、交差点や橋を占拠して交通と都市機能を遮断しようとする激しいものだといい
ます。市警察は威信にかけて警備を強化しており、対立は深刻になっているようです。

世論調査の電話が行けば「何となく」あるいは「念のため」ブッシュ支持という返答
をする人が多く、それが空爆支持の60%とか70%という数字になってきているの
ですが、それこそ空爆のある度に、国内の分裂と混乱が深まってゆくという感覚があ
るようです。勿論、TVの統制は強まっていますが、CNNやABCなどの番組を見
ていますと、事実の報道に徹していて、キャスターの語気や時折混ざるコメントには、
厭戦や反戦の気分が見え隠れしています。

激しい国論の分裂をごまかしながら開戦に至ったのも異常なら、開戦によって更に分
裂が激しくなって行ったというのも異常です。長期戦が悲惨な結果になるというのは、
直接的な犠牲者だけではなくアメリカ社会の分裂と混乱という点でも決定的になるか
らです。

先週「ブロック経済」という中期予想を書いた時には、事態はもう少し穏やかに進む
と思っていました。米軍の侵攻も、防空施設の破壊と地上軍進入という順序だと思っ
ていたのです。それが首都の、それも大統領関連の宮殿や民家をいきなり、というの
ですから乱暴も良いところです。

こうした乱世にこそ、人間の常識が役に立つのでしょう。殺し殺される乱世において、
強いものに擦り寄って安全を確保する方が生存の確率が良くなるのか、世界全体の緊
張を解くほうが確率を良くするのか、日本に取っても戦略的思考が求められる岐路に
他なりません。

ニュージャージーは天候が不順で、空までが憂鬱だそうです。アフガンの時もそうで
すが、戦時社会の暗さは骨身に染みるでしょう。ですが、若い世代はこの誤算続きの
醜態をじっと見ています。各国からの留学生達もそうです。そうして、痛々しい分裂
の中からであっても、アメリカ社会が再生へと向かうのだとしたら、そうした世代や
出身国の多様性の中から生み出される「何か新しいもの」に希望が託されて行くので
しょう。

この時期に、健全な雰囲気を残した日本社会の空気を吸うことができた私はラッキー
でした。来週はニュージャージーに戻りますが、変化の激しい中で、人々の心に潜む
希望を探り出したいと思っています。ベトナムからウォーターゲートへと進んだ70
年代の歴史が、ものすごいスピードで再現される、そんな可能性も出てきました。


冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm04-22

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【編集】 村上龍

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