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【クウェート北部の米軍指揮所・姜仁仙(カンインソン)朝鮮日報特派員】米英軍がイラク攻撃を開始した直後の20日午前6時(日本時間同日正午)、米陸軍第5軍団支援指令部指揮所の部隊はクウェート北部を出発。息もできない砂嵐の中を移動し、イラク国境まであと10キロの地点に集結した。20日午前10時50分(同午後4時50分)現在、部隊の集結地には数百台の車両が整列、燃料タンクも車両の終わりが見えないほどびっしりと列をつくった。
部隊の出発時間は何度も変更になった。すべての米軍基地の部隊の移動は、実は19日からすでに慌しく始まっていたのだ。
19日、記者は2度目の炭疽菌の予防注射を受けるため国境から40キロ離れたキャンプ・バージニアに向かった。その移動の途中、米軍の主力戦車M1A1や軍用トラックはもちろん、兵士がぎっしり乗った車両が列をなす光景を何度も目撃した。砂漠の表面全体が浮き上がったような大規模な車列は19日の日暮れまで続き砂漠の突風が収まった後も、車両が巻き起こす砂ぼこりは一日中、立ち昇った。
炭疽菌予防注射を受けて、指揮所に戻ると、宿舎に利用していた建物はすで撤去された状態で、記者の荷物だけがポツンと残されていた。
出発予定時刻が早まる可能性が高いことが知らされた。慌てて荷物をトラックに載せ、指揮所の隊員とともに非常食の夕食をとった。
兵士らは移動する車両の横で簡易ベットと寝袋を置き、気温が急に下がる野外でブルブル震えながら、うとうとするだけの一夜を過ごした。指揮所の総指揮を務めるブルイレット大佐はトラックの間で、ホール少佐はジープの上で横になった。
同じ集結地にいた他の部隊の兵士たちも19日に一斉に撤収し、車両を整列させた後、車両の内外で夜を過ごした。
20日早朝、大量の物資と数百人の兵士が移動した後、兵士であふれていた集結地は、がらんとした砂漠に戻った。
[毎日新聞3月21日] ( 2003-03-21-00:37 )