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オーパーツとは
オーパーツとは"Out Of Place Artifacts"のこと。日本語で「場違いな遺物」の意。
発掘された遺跡や遺物が、その当時では考えられないほど高度な技術が使ってあるもの
や、近代において発見された知識が、何百年も前の遺物に書かれていたものなどです。
目次
水晶のドクロ
遮光器土偶
ナスカの地上絵
ピリレイスの地図
三角翼黄金像
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水晶のドクロ
1927年探検家のミッチェル・ヘデスが発見し、1972年に初めて公開された。高さ25セ
ンチ、重さは約5.4キロで、約3600年前に作られている。これは天然の山水晶をくりぬ
いて作られており、ただ形にしたのではなく、歯の一つ一つまで精巧に作られている。
下顎の部分は取り外しができるようになっており、組み合わせると上下のは並びがぴっ
たりと合い、非常に正確に作られている。
しかも現在の鋳金工芸家やガラス工芸技師に、鉄製ノミを使って水晶の固まりから、
このようなモノをつくることができるか尋ねたところ、技術的には不可能であり、この
水晶のドクロはガラスでつくられたモノではないかという結論に達した。しかし、現実
にはこのようなモノをつくるためには今世紀になって開発されたクリスタルガラスの製
法でしかつくることができない。また、もし古代においてこのような製法ができたとし
ても、長い年月の間に変色してしまい透明さを失ってしまう。
現代においてもこのドクロは怪しいまでの透明な輝きに満ちており、太陽の光を当て
ると七色の虹の光を放ち、ロウソクの火をあてると紫色の光を発する。またこの紫色の
光を20秒から1分間見つめていると、8割方の人は催眠状態に陥る。このため、古代
マヤの神官が、死者の声を聞くために使われたり、催眠術による病気治療に使ったので
はないかといわれている。実際西ドイツの心理学者エリック・リヒターは、この催眠手
術からヒントを得て、麻酔を使わずに催眠術だけで手術を行った。患者が催眠術にかか
っている間に、骨折や腫瘍の除去手術を行い、患者は何の痛みも感じずにわずかな出血
だけですんでいる。
ここでマヤ人やアステカ人が盛んに行ったといわれる、生け贄の儀式、生きている人
間の心臓をえぐり出す儀式は、マヤ人が不老不死を願うための心臓移植や内蔵手術のた
めの石造手術台であったという説もでている。
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遮光器土偶
遮光器土偶は青森県の亀ヶ岡で発掘された。制作年代は紀元前2000年〜500年とされ
ているが、その姿の異様さから、突然変異的な出土品として扱われている。しかしソ連
のSF作家のカザンチェフが、気密服を着た宇宙人像ではないかと発表して注目されてい
る。
宇宙人モデル説・・・遮光器土偶の頭上の環状のモノは受信用アンテナで、大きな丸
い目は風防レンズ、胸の部分の乳房上のモノは生命維持装置の調整ダイヤルで、全身だ
ぶだぶの服は宇宙服だといっている。同時代の他の地方のモノと比べてもそのつくりや
技術において群を抜いている。
そもそも日本人がどのようにしてやってきたのかもはっきりしていない。従来の歴史
観によれば、日本の古代文化や国家形成は西日本を中心として行われ、それから東日本
、東北地方に広がっていったと考えられていた。しかしこの高精度な土偶像は西日本の
どこにも当てはまらず、逆に東日本から西日本に文化が伝播していったと考えられる。
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ナスカの地上絵
皆さんご存知の超有名な遺跡。南米ペルーのリマ市南方にある。発見されたのは1938
年、感慨工事のためにナスカの上空を飛んだ民間のパイロットが発見した。約500平方
キロの中に、約800もの図形が描かれている。図形は幾何学的なものから、代表的なも
のではコンドル、太陽、クモ、サル、カメ、魚、カンガルー、トカゲ、蛇、ハチドリな
どが描かれている。1つの図形の大きさは最低30メートル、大きいものでは250メートル
に及ぶ。あまりにも大きな図形のため、地上からでは図形が描いてあることすら確認で
きず、上空から確認するしかない。
ナスカの文明は紀元前後から6世紀にかけて栄えた。この文明は土器を焼く前に彩色
する技術を南米で最初に発明したが、インカ文明のような巨石文化の痕跡は見あたらず
、象形土器や岩肌に描いた絵文字のみを現代に残している。しかしナスカ文明の残した
土偶の中には頭部に稲妻と渦巻き文様を描いた土偶もあり、宇宙人像だともいわれてい
る。また発掘された遺跡の中には、複雑な脳外科手術や義歯手術をした頭蓋骨も見つか
っており、高度な文明を持っていたと考えられる。脳外科手術をした後と思われる頭蓋
骨はインカ文明の遺跡からも発見されており、その関連が考えられる。
さらに最近になって、ナスカにおいてさらに巨大な図形が発見された。アメリカの打
ち上げた地球観測衛星ランドサットが、ナスカの地上900キロから撮影したところ、全長
50キロにおよぶ矢印形の図形を確認した。この図はあまりにも巨大なため飛行機の高度
からですら確認することはできず、人工衛星並の高度からしか確認することはできない
。
ナスカの気候を考えてみると、そこは草木一本はえない不毛地帯であり、降水は一年
で通算20分ぐらいである。つまり空からみれば、いつも地表が確認できるところであ
る。ひょっとすると地球は異星人の標識だった(かもしれない)。?
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ピリレイスの地図
1956年、米軍少佐アーリントン・マレリーが、ワシントンの国立博物館に埋もれてい
た複数の古地図を発見した。それには1513年6月4日の日付で、「2000年前の古地図を
模写す。」と書かれていた。今から約2500年前の地図である。驚くことにこの地図には
、現在と変わらぬ地形がかかれており、なんと氷に覆われている南極大陸の地形までか
かれていた。このことからこの地図が書かれたのは氷河期以前ではないかといわれる。
またこの地図は微妙にゆがんでいるが、これは球を横から書き写したことと同じであり
、地球をこれに当てはめてみると、高度数万メートル、つまり人工衛星の高度から地球
をみたものであるとわかった。眉唾物として読んでもらってもいいが、一つだけだけい
っておくと南極大陸の海岸線が、はっきりしたのは1957年である。
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三角翼飛行機黄金像
1970年南米コロンビアの首都ボゴタ付近の古代遺跡から発見された。時代は今か
ら1000年もしくは3000年前に作られたとされている。最初は鳥の黄金像かと考
えられていたが、コロンビア国立博物館の特別技術研究員のエマニエル氏は黄金像の後
部に垂直の尾翼があることから、ひょっとして飛行機をモデルとして作られたものでは
ないかと考えた。頭部には2個のサーチライト、風防ガラス後部には操縦席そっくりの
凹部があり、計器らしい複雑な模様までついていた。
さらに胴体は燃料タンクで、二つの主翼は三角翼。後部の水平尾翼と垂直尾翼の接点
には四つのねじのようなものまでついていた。
動物学者は垂直尾翼を持った鳥や昆虫はどこにも例がないと認めている。そこで個の
黄金像はアメリカのベル航空会社に送られ、航空機研究家アーサー・ヤング氏に調査を
依頼した。
彼は「アメリカのF-106戦闘機とよく似た特徴を有している」、さらに「三角翼に幅
と胴体のバランスの点で、重心が少し前にあるが、これは立派に飛行機として飛べるも
のである」と述べた。
またドイツの戦闘機研究者のJ・ウルリッヒは「この古代の飛行機が主翼の両端がや
や下に反っているのは、超出力急上昇に必要なジェット飛行機特有のものであり、後
部昇降舵には減速装置の工夫がみられる。これは、F−106よりもむしろ、三角翼
ジェット機として優秀な性能を持つスウェーデン製のSAAB機と共通の特徴を持ってい
る。」といっている。
古代に発見されたこの像はいったいなにを表しているかはっきりしていない。しか
し、たとえ宇宙人の乗り物だとしてもこのようなジェット燃料を使用する形をしたもの
を使用するだろうか。ジェット燃料だと効率が悪く、他の星からきたと考えた場合、燃
料がいくらあっても足りないのではないか。
いったいなにを表したものだったのでしょうねえ。
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以下続く予定.
http://www.ed-sys.co.jp/tani/oparts.html