エコノミスト「リスクシナリオが翻弄する株価」みずほ総研・真壁氏QUICKエコノミスト情報VOL.94みずほ総合研究所 主席研究員 眞壁昭夫氏
03/03/26
【景況判断】現状(3ヵ月前比):横ばい 先行き(3ヵ月後):やや悪化
GDP予測:02年度1.5%(1.2%) 03年度0.3%(0.1%)
【金 利】短期:低下 TIBOR3ヵ月 0.08%
長期:横這い10年物新発国債0.70%
【円 相 場】円安117円/1ドル
【株 価】株安 日経平均8,000円
l GDP予測値は実質GDP成長率、前年比%。カッコ内は直近10回分の平均値
l 長短金利、円相場、株価は3ヵ月後(03年6月末)の予測値
1.景気見通し:「イラク戦争が短期収束でも、心配な米国経済の先行き」
先週の主要金融市場は、イラク戦争の短期決着の期待を折り込み、それまでと反対の 動きを示した。戦闘開始時期という不確定要素の払拭をきっかけに、株式が買い戻され 、債券がやや弱含みの推移になった。また、為替市場では、ドルのショートカバーが入 り、円・ユーロにポジション調整売りが出ている。こうした市場動向の背景には、ヘッジ ファンドなどの投機筋が、手持ちポジションの利食いオペレーションを行なっているこ とがある。それに加えて機関投資家などが、デリバティブを使ったヘッジポジションの 手仕舞いをしている。ヘッジファンドの手持ちポジションは、一部まだ残っていると見 られ、先週のような動向はもう少し続くと予想される。
しかし、これで金融市場が、完全に、安定した展開に復帰したと考えるのは尚早であ る。それは、二つのリスクファクターがあるからだ。一つは、イラク戦争が予想外に長 期化したり、イラク内部の内戦に発展したりする可能性である。今回の戦争は前回の湾 岸戦争と違って、フセイン政権を打倒するために、人口密集都市であるバグダッドの市 街戦になる可能性が高い。それには大きな犠牲が出ることも想定される。また、これか らの戦闘拡大で油井に損害が発生するような場合には、たとえ戦闘が終了しても、復興 には時間を要する。原油価格も高止まりする可能性も否定できない。
もう一つは、米国経済の先行きである。足許の米国経済指標は、景気の減速を示唆す る数字が多い。イラク戦争開始前というマイナス要素を割り引いて考えても、雇用状況 の悪化や個人消費の陰りなどは、今後、景気先行きに大きなマイナス要因になることは 確かだ。また、多額の戦費支出から、米国の財政状況は一段と悪化すると見られる。国 内の資金バランスを考えると、国債増発で長期金利に上昇圧力が掛かる可能性も見逃せ ない。金利上昇は、ITバブル崩壊後、バランスシート調整を完全に終えていない米国の 家計部門にとって、大きなマイナス要因だ。金利上昇が現実味を帯びてくるようだと、 消費の先行きにも黄色信号が灯ることになる。戦争が短期間に終結して、戦勝気分から 一時的に景気が上向いたとしても、中・長期的に、このリスクを軽視することは適切では ない。
こうしたリスクシナリオに、最も大きな影響を受けるのは日本経済だろう。国内の需 要項目に、経済全体を押し上げるエネルギーは見られない。どうしても、海外要因に頼 らざるを得ない。米国経済が減速した場合、景気に下押し圧力が掛かる環境下で、不良 債権処理や経営不振企業の整理などの構造問題に対処しなければならない。これは、頭 で考えているほど簡単な仕事ではない。景気の先行きにも明るい構図は描きにくい。
2.金融環境:「中・長期的には株式市場の下落の可能性」
短期的には、ヘッジファンドのポジション手仕舞い等により、世界の金融市場では株 高・債券安・ドル高の傾向が続くとみる。ただ、この動きは基本的にはポジション調整で あり、それが終了してしまえば、投資家の注目は経済のファンダメンタルズに移るはず だ。その場合、短期間にイラク戦争が決着して戦勝気分が出てくるようだと、一時的に は、金融市場では株価が上昇傾向を辿り、金利は長期金利を中心に上昇傾向が顕著にな ることも想定される。こうした傾向が、長い期間続く可能性も完全には否定できない。
しかし、イラクの戦争が予想外に長期化したり、米国の景気減速傾向が鮮明化するケ ―スでは、株式市場が再び不安定な展開になることが予想される。むしろ、中・長期的に 見ると、こうしたリスクシナリオが現実味を帯びる可能性は高いと見る。そうした場合 、世界的に株価には下押し圧力が掛かる。株式市場から流出する資金の多くは、債券市 場に流れ込んで債券価格を上昇させ、金利水準を押し下げることになる。米国金融市場 に流入した投資資金は、欧州圏など本国に回帰する可能性が高まる。また、それに加え て、米国の双子の赤字が注目され始め、ドルには次第に売り圧力が高まることが予想さ れる。
日本の株式市場については、経営不振企業の整理など構造的圧力、北朝鮮問題、金融 機関等の持ち合い解消売り、等々今後もマイナス要因にこと欠かない。特に、海外投資 家は、日本の構造問題解決の進捗に不信感を持っており、積極的に日本株のポーション を上げることは考えにくい。こうした要素を考えると、株価は軟調な展開が続き、投資 資金が消去法的に債券市場に流入して債券市場は堅調な展開になることが想定される。
この傾向に変化が起きるとすれば、新たに日銀総裁に就任した福井氏がデフレ脱却の ために、ETFやREIT、外貨建て債券の購入など、非伝統的な金融政策を実施する場合だろ う。ただし、現在のデフレは、世界経済のグローバリゼーションが本源的な原因と考え られ、簡単には抜け出すことは難しい。そうした状況では、株価は不安定な推移が続き 、長期金利は低下余地を探る展開になると考える。
3.注目点:「米国経済の動向、日本の構造問題解決の進展」
足許で最も注目されるファクターは、もちろん、イラク戦争の行方だ。しかし、中・長 期的視点に立てば、今後、注目すべきポイントは、海外要因については米国経済の先行 きであり、国内要因については、経営不振企業の整理・淘汰などの構造問題解決の進捗状 況と考える。世界経済を見渡すと、中国を中心とするアジア諸国が元気である以外、堅 調な経済状況を続けている国・地域は見当たらない。アジア諸国の経済が、かなりの部分 米国に依存していることを考えれば、米国経済に牽引役を期待するほかには、殆ど有効 な景気回復へのパスは思いつかない。
その米国経済の先行きに不安が出始めている。2月の雇用統計や住宅着工件数は、市場 の事前予想を大きく下回った。これらは、イラク戦争開始前の不透明感の高い時期だっ たことを勘案しても、かなり低調な数字であった。最近、企業のリストラ圧力は上昇傾 向にあるようだ。また、米国の家計部門は、最近数年間で、モーゲージ・エクイティー・ ローンの借り増しなどで借入を増加させており、ITバブル崩壊以降、バランスシート調 整を完全には終えていないと考えられる。今後、一段と雇用環境が本格的に悪化するよ うだと、消費に大きな影響が出る可能性がある。米国GDPの約7割を占める牽引役に息切 れ感が出ると、米国経済の減速も鮮明化する。世界経済は牽引役を失うことにもなりか ねない。米国の雇用動向には十分な注意が必要だ。
一方、日本経済を見ると、依然、不良債権処理など構造問題解決に目処が立っていな い。日銀の新首脳による、積極的な金融政策実施に期待がかかるものの、金融政策だけ で実体経済を回復させることは困難だ。過大な重荷を背負って経済を再生することは容 易なことではない。小泉首相の経済運営策にも、産業界などから不満の声が上がってお り、金融機関に対する、機動的な公的資金の再注入まで議論に上っているようだ。日本 経済の現状を考えると、一つの方策ですべてが解決できることは想定し難い。出来るこ とを少しずつ、一つのベクトルに向かって、粛々と手をつけていく以外、有効で現実的 な方法はないだろう。
<眞壁昭夫氏略歴>
1953年生。76年一橋大学卒、第一勧業銀行入行。83年ロンドン大学経営学部大学院終了 。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長、同主 席研究員などを経て、2002年4月から現職。主な著書・論文「最強のファイナンス理論−心 理学が解くマーケットの謎」(講談社現代新書、2003年2月)、「これからの年金と退職金が わかる本」(PHP研究所、2002年7月)、「図解これ以上やさしく書けない金融」(PHP研究所、 2001年9月)、「資本コストの理論と実務」(東洋経済新報社、2001年2月、共著)。東洋経済 「統計月報『エコノミスト・コンセンサス』」、週間東洋経済「マーケットLINE UP」、村上 龍「JMMメールマガジン」、などのコメンテータ。
次へ 前へ
国家破産24掲示板へ
フォローアップ: