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(回答先: 「デモクラシー」という虚構 投稿者 あっしら 日時 2003 年 5 月 29 日 15:00:54)
>ユダヤ人が確立したとは言いませんが、
デモクラシーの概念は、フランス革命理論派が{いわゆる左翼席}{そしてその殆どがユダヤ系}が自由の無い{移動の自由・職業の自由・政治運動の自由}事に嫌気をさし理論・武装闘争を始めたことにそのルーツはあります。
彼らにとって、自由・平等・博愛は切羽詰ったギリギリの所の要求だったはずです。
>デモクラシーは、隷属をほとんど意識させることなく隷属させ(隷属者が主人であるという錯覚を持ってくれる)、その結果生じた災厄の責任もとらなくてよい(無人称の国民全体の責任)という効率的で都合がいい支配制度を正当化する政治的価値観だと思っています。
>この言葉に近いのは「プロパガンダ」です。人間の潜在意識の中{100倍とも1000倍とも言われる}に単純な言葉を連呼させることで、打ち込み、物を買わせる・民衆を動かす。
言葉的に確立されてなくても、手法としては、古代からあります。
>このようなデモクラシーを持続する重要な条件は、メディアと教育をデモクラシー崇拝に染め上げることです。
このようなデモクラシー解釈がちょっと違う。
持続はテーマでない。
メディアはテーマに関係ない。
「教育をデモクラシー崇拝に染め上げる」は「自由平等博愛というプロパガンダが今も続いてる」であって、デモクラシーの本質を突いていません。
>デモクラシーの制度化は革命・武力恫喝・占領支配を契機としますが、制度化と同時にメディアと教育を掌握すると、それほどの強制力を行使しなくても持続できます。
持続はわかりました。手法の話です。