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■■ Japan On the Globe(294) ■ 国際派日本人養成講座 ■■■
The Globe Now: ニッポンの明日を開く町工場
誰もやらない仕事に取り組んでいるうちに、誰にもでき
ない技術を開発した金型プレス職人。
■■■■ H15.05.25 ■■ 40,210 Copies ■■ 822,672 Views ■
■1.痛くない注射針!?■
「痛くない注射針」を作った職人がいる。その職人は言う。
刺しても痛くない注射? そんな針なんてあるわけな
い・・・みんながそう思う。だけど、蚊に刺されたときの
ことを思い出してほしい。蚊に刺されたとき、気がつく人
はほとんどいない。蚊が人を刺して血を吸うときの口針は
ごく細い。だから、刺された人は痛みを感じない。それな
ら、それと同じぐらい細くてなめらかな注射針ができれば、
多くの人は痛みを感じないはずなんだ。
こう聞けば理屈は単純明快、誰にでもすぐ分かる。しかし、
蚊の口針ほど細くてなめらかな注射針を作る事は誰にもできな
かった。それをこの職人はやってしまった。
痛くない注射針は薬液を流れやすくするために先細りの形状
をしている。長さが20ミリの針の先端は外径が0.2ミリ。
注射針だから当然、穴があいていて、その内径が0.06ミリ。
髪の毛の平均的な太さが0.8ミリだから、外径はその4分の
1、内径は13分の1以下である。
医療用具の大手メーカー・テルモ株式会社と共同で世界中に
特許を出した。当面年間10億本の生産を予定し、現在は生産
設備一式を準備中だ。
■2.今でも、やりきれないぐらい仕事があるんだ■
この職人は岡野雅行さん、70歳。東京墨田区で従業員6人
の「岡野工業株式会社」を経営している。筆者は岡野さんの講
演を聴き、またその後の懇親会で挨拶したことがあるが、東京
下町の典型的なべらんめい口調だ。筆者も同じ下町生まれなの
で、まさに近所の町工場の親父さんという感じで懐かしかった。
従業員6人とは、岡野さんと経理をしている奥さん、娘の亭
主、それに3人の従業員。典型的な町工場である。経理は奥さ
んに任せっきりで、岡野さん自身は「どうやら年間売上げが6
億円ぐらいあるらしいな」というほど。
6人で年6億の売上げと言えば一人年1億。「今でも、やり
きれないぐらい仕事があるんだ。ホントなんだから。仕事がな
い、ない、なんてウソ。うちはいっぱいあるもん。」
岡野さんの得意とするのは「深絞り」と呼ばれる伝統的なプ
レス加工技術だ。たとえばジッポーなどのライター・ケースは、
一枚の平らな金属板を何回かに分けてプレスし、徐々に深い箱
形を作っていく。岡野さんの親父さんはライターの鉄のケース
を深絞りで加工するための金型づくりをやっていた。「痛くな
い注射針」で先細りの形状を作り出せたのも、この深絞りの応
用である。
携帯電話の電池用ステンレス製ケースも、この技術で作った。
携帯がここまで小型化できたのは電池が小さくなったお陰で、
それには深絞り技術なしには不可能だったという事で、岡野さ
んは携帯電話普及の功労者の一人としてマスコミにも取り上げ
られた。
その他、アメリカのステルス戦闘機に使われるカーボン加工
から、音声マイク先端の球状金属網まで、よそではできなかっ
た仕事ばかりが岡野さんの所に持ち込まれる。
■3.みんながやっているような仕事は絶対やらない■
岡野さんは、みんながやっているような仕事は絶対やらない。
人の仕事を盗るのはいやだし、そんな仕事は値段勝負で儲から
ない。やるのは、単価が安すぎてみんなが敬遠する仕事と、技
術的に難しすぎて誰にもできない仕事だ。中間の仕事は今や、
ほとんどが中国や東南アジアに移ってしまっている。
安い仕事の典型は、四角の筒の側面に穴をあけたコイルケー
ス。他の会社が作っていて、一つづつ穴を開けるために4工程
を要していたが、これでは儲からないと捨ててしまった仕事だ
った。岡野さんはこれを一回のプレスでできるようにして、1
個80銭で作れるようにした。1万個作っても8千円にしかな
らないが、自動化することで儲かるようになった。
こういう仕事をしながら、一枚の鉄板から鈴を作るような技
術を磨いていった。この鈴はなんと中国に輸出しているそうな。
とことん技術を極めれば、コストでも中国に負けないものがで
きる。
誰にもできない仕事とは、冒頭で紹介した痛くない注射針の
ような仕事だ。
燃料電池のケースを作ったり、極細の注射針をつくった
りするのはうちでしかできない。「岡野さんのところは高
いからほかにもっていく」と言っても、かならず戻ってく
る。「やっぱり、できませんでした。岡野さんじゃないと
できないんです。お願いします。」と言ってやってくる。
安すぎて誰もやりたがらない仕事も、難しすぎて誰にもでき
ない仕事でもこなしてしまうのは、岡野さんの群を抜いた技術
力である。
■4.技術というのは、失敗の連続から生まれるもの■
岡野さんが誰にも負けない深絞りの技術を身につけたのは、
30数年前にステンレス製のライターケースを作ってくれ、と
いう仕事が舞い込んだ時からだった。当時、ステンレスを絞る
仕事をやっている工場はほとんどなかった。
ステンレスを絞る仕事は、たしかに鉄を絞るより難しいけど、
やればできないことはなかった。だが誰も手を出さなかった。
なぜか? 当時は景気がよくて、あえて難しい仕事に挑戦しな
くとも、十分儲かっていたからだ。それを岡野さんは「誰もや
らない仕事をする」という信念から、あえて引き受けた。そし
て何度も失敗し、試行錯誤を繰り返しながら、技術を確立して
いった。
携帯電話用の電池で、ステンレスのケースが求められた時、
ライターケースで悪戦苦闘した経験が役に立った。昔、ステン
レスの加工を敬遠した同業者たちは、時代が新たに必要として
いる技術を持ち合わせていなかった。岡野さんは言う。
どうしてそれだけの技術が身に付いたのか。特別のこと
じゃない。それだけの失敗をしてきたからだよ。技術とい
うのは、失敗の連続から生まれるものなんだ。挑戦しなけ
れば失敗もないけど成功はもっとない。成功には失敗が必
要なんだ。「失敗は成功のもと」といういい言葉があるの
に、みんな忘れちゃてるんだよ。・・・
人が出来ない仕事は難しいから失敗もする。失敗の中か
ら何年先か、何十年先になるかわからないが、その失敗が
必ず生きてくる。未来に役立つノウハウが必ず生まれるん
だ。
■5.仕事を追えばお金は自然とあとからついてくる■
難しい仕事への岡野さんの挑戦は半端ではない。エアコンの
四方弁という部品を作る設備に取り組んだ時は、朝の8時から、
夜の11時、12時まで機械と格闘する日々が続いた。頭の中
の設計図ではこう動くはずだと考えていても、なかなかそのと
おりに動かない。手直しして動いたかと思うと、翌日には動か
ないので首をひねる、という毎日だった。(ちなみに、岡野さ
んは図面を引かない。腕のいいピアニストが楽譜なしで即興で
ピアノを引くように、頭の中ですべて設計を考えてしまう。)
こんな日々が一年近く続いて、ある時、経理担当の奥さんに
怒られた。「おとうさん、今年は3万5千円しか収入がないわ
よ。あんた、毎日なにやってたの。」年収が3万5千円ではい
けないな、と反省しつつも、「意地でもやらなきゃいけないこ
とというものはあるんだ」。
職人はお金を追いかけてはだめだと、岡野さんは言う。儲か
るものを見つけたらずっとそれでやっていこう、とか、500
万円かかる仕事を手を抜いて300万円で済ませようとすると、
いつか必ずどこかで破綻する。
金のことなんか全然考えずに仕事ができるようになると、
いい仕事ができるからよけいにお金が入ってくる。いい仕
事をするからまた仕事も入ってくる。だけど、この好循環
までもっていくのが大変なんだ。
仕事を追えばお金は自然とあとからついてくるのに、み
んなお金を追いかけるから、お金が逃げてしまう。みんな
がみんな、お金、お金、利益、利益と念仏を唱えてやって
いる。俺の場合は、どこまでいっても仕事、仕事なんだ。
みんな目先の10円を拾うばっかりで、もっと先にある大
きなお金が見えないんだ。
■6.大企業の下請けじゃない■
岡野さんの会社は6人の小企業だが、決して大企業の下請け
ではない。あくまで対等の関係だ。ある大企業の担当者が、難
しい金型を必要としていて、あちこちに注文を出したが、どこ
にも作れない。困って岡野さんの所にやってきて「どうしても
この金型を作ってくれ。だけど金型の予算をあちこち使っちゃ
ってこれだけのお金しかないんだけど、足りない分は部品の価
格に金型代を上乗せして払うから」と頼みこんだ。
岡野さんが金型を開発して、1年ほど部品を納めているうち
に、担当者が替わった。新しい担当者は「部品の値段が高い。
他でやらせるから金型を寄こせ」と要求した。金型代なんて3
分の1しかもらってないから渡せない、と岡野さんが断ると、
今度は金型代を払ってやるからもってこい、と言う。
岡野さんは頭に来て、「うちは金は余っているからもう金型
代はいらない。その代わり、3分の1しか金型代もらってない
んだから、金型を半分に切っちゃうからね。それであんたに渡
すよ」
ガタガタに切れた金型を見た担当者は「いや、困った、
困った」と言ってたけれど、俺も「困ったって、俺は知ら
ない。おまえの勝手にやればいいじゃないか!」と言って
やった。・・・この会社も2002年のはじめに倒産しちまっ
たよ。
中小企業の経営者は「岡野さんみたいなことを言うと、うち
みたいな会社は、生意気だって言われて干されてしまう」と言
う。しかし岡野さんはよそではできない技術を持ってるから強
い。「うちへの仕事、止めるなら止めてみろ。そっちのほうが
先に仕事が止まるぞ」と言ってやるそうだ。
■7.日本に生まれてよかった■
岡野さんの会社は儲かっているから、社員旅行も25年前か
ら家族連れの海外旅行だ。しかしハワイとかグアムのような観
光地ではなく、ボルネオとかニューギニア、スリランカ、タイ
やフィリピンといった発展途上国に行く。
20数年前、フィリピンのミンダナオ島に行ったときのこと
である。従業員の家族を含めて総勢20人くらいで、ジープに
分乗してバナナ農園に見学に行った。ゲリラが出没する土地で、
危ないから現地の案内役をつけたほどだった。
バナナ農園で、ちょっと形の悪いバナナをたくさんもらって、
またジープで戻ってきて、そこいらにいる漁村の子供たちに一
房あげると、すぐに奪い合いのケンカを始めた。すると漁村の
村長らしき人が出てきて、子供たちからバナナを取り上げ、並
ばせて順に配り始めた。
現地の子供たちはバナナなんてたくさん食べていると思って
いたのだが、彼らにとっては高級品で「バナナなんか食べたこ
とがない」と言う。当時のミンダナオ島はそれくらい貧しかっ
た。
泊まったホテルでも工場でも、フィリピンでは人が余ってい
るから、みなクビにならないように本当に一生懸命働いている。
こういう姿を見て、日本に帰ってくると皆「日本に生まれてよ
かった。明日からまた頑張って仕事をしよう」と思う。
■8.あきらめずに挑戦し続ければ最後にはできる■
日本でも少し前までは、みな真面目に働いていた。
よく親父が俺に言っていた。「おまえらの時代は運がい
いんだ。みんな不真面目なやつらばっかりだからちょっと
やれば儲かる。俺たちの時代はみんな真面目だから儲かり
ゃしないんだ」と。今の時代もそうだと思う。
今の若い人たちに言いたいのは、何しろ「手に職をつけ
ろ」ということ。何か一つ、得意なことがあればそれをず
っと努力して練習して伸ばしていく。そうすれば絶対に食
いっぱぐれない。
その「得意なこと」を伸ばしていくためには、目先の利益を
考えたり、誰でもやれるような事をやっていたのではダメだ。
誰もやらないような仕事に挑戦して、失敗を積み重ね、その中
から自分だけの技術を生み出していく。
途中であきらめてしまうから本当の失敗になる。あきら
めずに挑戦し続ければ最後にはできる。「もうダメだ。や
めた」。これが本当の失敗。でも、やめないで続ける。い
くつも材料を無駄にする。でも、そのうちできる。絶対で
きる。これは失敗ではない。
■9.今、日本は我慢のしどころなんだ■
バブル崩壊後の日本が元気を無くしたのは、安易な利益に溺
れて、難しい仕事に挑戦する気風がなくなったからではないか。
岡野さんのように、一途に自分の仕事に取り組む人がどれだけ
いるかで、一国が元気かどうか決まる。岡野さんは言う。
中国だっていつまでも上り調子じゃないよ。日本も昔は
いいときがあった。今、日本は我慢のしどころなんだ。失
敗を繰り返すのを我慢するんだ。我慢していれば必ずまた
きっと上り調子になる。・・・
上り調子になるまでの間は、技術を蓄積して、いつか来
るチャンスに備えておくことだ。絶対にいいときがまたや
ってくる。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(033) 世界を支える匠の技術
高度な技術を背景に、自社の製品をグローバル・スタンダー
ドとしている中小企業は、少なくない。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog033.html
b. JOG(274) 日本の技術の底力
幕末の日本を訪れたペリー一行は、日本が工業大国になる日は近いと予 言した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog274.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 岡野雅行、「俺が、つくる!」★★★、中経出版、H15
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「川路聖謨とプチャーチン」について
宏さんより
幕末から明治初期にかけて、何故こんなにも優秀な人が出て
きたのか? とても不思議です。私の勝手な想像ですが、江戸
時代には、国と言う観念はそれほど強くなく、国より藩という
感覚だったと思っていました。
でも、今の外務官僚よりはるかに明確で、確固とした国家観
をもって何が国益かを命がけで考えています。こういう文章を
読むと、今の国家公務員に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい
と思うのは、私だけでしょうか?
鈴木さんより(在日ロシア大使館あて
弊誌を紹介されたお手紙)
貴国ロシアと日本は、現在心からの信頼交流が実現できてい
ないのが残念ながら率直な実情です。この原因はいろいろある
でしょうが、日露戦争や第二次大戦後の抑留問題などが絡んで
おり、とくに日本側から見ればスターリン体制下のソ連時代の
不信感がもたらした部分が大きいと私は思います。
イデオロギーに囚われない本来のロシア人と本来の日本人と
の双方の国民性から見れば、もともと両者は信義を重んじ相手
との相違を乗り越えてその存在を認め合う度量をもった民度・
文化の高い民族同士だと考えます。
現在の両国の関係をより信頼感のあるものにするために、是
非読んでいただきたい歴史があります。それは両国が始めて国
交交渉をした1850年代のことです。日本代表川路聖謨とロ
シア代表プチャーチンのことを書き記した伊勢雅臣氏の論文を
以下にコピーしますので是非お読みくださり、両国の信頼醸成
の一助にしてください。
■ 編集長・伊勢雅臣より
外交の力は、祖国への忠誠心と相手国への誠実さと、この二
つの「誠」から来るのでしょう。
読者からのご意見をお待ちします。本誌への返信で届きます。
掲載不可、匿名・ハンドル名ご希望の方はその旨、明記下さい。
欄掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
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