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米マイクロソフト社によると、同社の『ネクスト・ジェネレーション・セキュア・コンピューティング・ベース』(NGSCB)に対して、恐怖、不安、疑念を植え付けて購入意欲を失わせようとする噂が、洪水のように押し寄せているという。
『パレイディアム(日本語版記事)』(Palladium)という名称でも知られるNGSCBは、新しいソフトウェアとハードウェアを組み合わせて、悪質なハッカー攻撃、ウイルス、スパイウェアなどからユーザーのデータを守る仕組みとなる。
NGSCBのソフトウェアは5月6日(米国時間)、『ウィンドウズ・ハードウェア・エンジニアリング会議』(WinHEC)で初公開された。2005年に発売を予定している次世代『ウィンドウズXP』オペレーティング・システム(OS)――コード名『ロングホーン』――に、マイクロソフト社はこのソフトウェアを装備する計画だ。NGSCB対応のハードウェアは、2004年後半に入手可能になる見込みとなっている。
プライバシー擁護派は、コンテンツ供給業者がNGSCBを濫用すれば、非常に厳格な著作権保護を押し付けることが可能だし、その確率も高いと警告している。しかしマイクロソフト社側の主張によると、このような懸念が生じる原因は、NGSCBの本質を正確に把握しておらず、機能や仕組みについて理解していないためだという。
「マイクロソフト社がメディア産業と結託し、消費者の権利を踏みにじろうとしている、という俗説がNGSCBを取り巻いている。これは不合理な話だ。自分のしたいことを妨げる商品など、誰も買おうとしないはずだ。誰も買いたがらない製品を作るのは、会社にとって自殺行為に等しい。われわれがそんな真似をするわけがない」とNGSCB製品責任者のマリオ・フアレス氏は力説している。
フアレス氏によると、NGSCBがデジタル著作権管理(DRM)システムだという言われかたは、不当だという。NGSCBはあくまでも新しいセキュリティー・プラットフォームで、さまざまな機能の中の1つとして、著作権保有者がNGSCB上にDRMアプリケーションを構築し、実行することもできるだけだというのだ。
しかも、同様のDRMアプリケーションは、現行のどのウィンドウズOS上でも実行可能なのにもかかわらず、一部の人々がNGSCBに関して懸念しているような大混乱は起きたことがないと、フアレス氏は指摘する。
市民的自由の擁護団体、電子フロンティア財団(EFF)で技術専門家を務めるセス・ショーン氏は、「マイクロソフト社の技術が、世界制覇を目指す非道な企みとは思えない。それでも、技術はもともと意図しなかった結果を生むことが多いものだから、消費者にとって得にはならないかもしれない」と語っている。
ショーン氏によると、NGSCB技術を利用すれば、企業が現在は実行不可能な制約を、コンピューター・ユーザーに実施できるようになる可能性があるという。
たとえば、出版された作品をコンピューター・ユーザーがどのように利用するかに制約を設けるようなこともできるとショーン氏は説明している。(プログラムとサービス、プログラムどうし、プログラムと保存データなどの間での)相互運用性に関して制約が設けられた場合、それを検知し、緩め、解除することは、きわめて難しくなる見込みだという。
「NGSCBの導入によって、コンピューターのセキュリティー向上につながる可能性があるのは確かだと思う……ウイルスや『トロイの木馬』による攻撃から守ってくれる場合もあるだろうし、プライバシーやセキュリティー面で役立つインフラストラクチャーを提供してくれるかもしれない。私が挙げたNGSCBのマイナス面は、インフラストラクチャーの多くの活用法のほんのわずかの部分に過ぎないし、NGSCBプロジェクトに携わっている当事者の大部分はこんな使い方など意図していないと思う」
しかしショーン氏は、次のように懸念を表明している。「(このような悪用が起きる)危険性は高いと思う。NGSCBを濫用する動機や手段、チャンスを持つ企業がきっと出てくるからだ。最大限の利益追求が動機を生む。市場に力を持てば、チャンスができる。NGSCBは手段となり得る可能性が大きい」
ショーン氏によると、NGSCBが提供する技術的手段は、DRMの無効化や回避を現在よりはるかに困難にするものだという。
「マイクロソフト社がメディア企業に対して、DRMとNGSCBを併用する場合には『手加減するように』言い含めておくべきだ。そうしないと、マイクロソフト社がハリウッド娯楽産業の著作権管理のニーズに迎合していると消費者の目には映るだろう。多数のユーザーが、別のコンピューター・プラットフォームにいっせいに鞍替えするのを防ぐために、マイクロソフト社が言うべき事は他にはないはずだ」とセキュリティー・コンサルタントのリチャード・フォーノ氏は述べている。
しかしフアレス氏は、NGSCBであれ別の技術であれ、過激な著作権管理体制を強制するほどメディア企業が自己破壊的だとはとても思えないと考えている。
「音楽業界やハリウッドの映画界をコントロールしているのは、消費者のクレジットカードの威力だ。あまりにも制約の厳しいDRMは、強要する側の企業に逆効果をもたらす。広い世界には、コンテンツの供給元が他にいくらでもあることを企業側は承知している。だからメディア企業側は、顧客の機嫌を損ねたくないのだ」
またフアレス氏によると、NGSCBは自由に機能をオンにしたりオフにしたりできるという。
しかし、NGSCB機能をオフにするのは、実際上無理な選択肢になるのではないかと懸念する声も出ている。
「意図的に選択する方式の技術だからとか、特定の制約を課すことになるプログラムを実行するかどうかの決定権がユーザーにあるからというだけで、その技術に問題がないと考えるのはきわめて表面的な判断だ。意志決定権があることが自分のためにならない例は数多くある」とショーン氏。
NGSCBの主要な機能に、「リモート認証機能」がある。これは、1つのコードを1つのデータやプログラムのデジタル署名として機能させる技術で、情報をやり取りしているコードや人物が、実際に間違いなく本人(本物)かどうかを、ユーザー(とアプリケーション)が確認できる仕組みになっている。公証人による文書の認証と同じようなものだとマイクロソフト社は説明している。
「技術の信頼度が向上すればするだけ、コンテンツ作成業者やサービス事業者が、うそ発見器に等しいような仕組みを人々に甘受させようとする傾向が、ますます増えるかもしれない。悪質な動機で使われたからといって、技術や発明者のせいにするわけにはいかない。世の中にとってマイナス面もあればプラス面もあるものだから」とショーン氏は述べている。
NGSCBは確かに、新しくて興味深いセキュリティー・インフラストラクチャーを提供する。たとえば、従来の悪質なハッカー攻撃の活動範囲をせばめるように、プログラムどうしを互いに孤立化するといった対策を採用している。
マイクロソフト社はまた、アプリケーションどうしが互いのデータを読み取る能力を減少させることによって、スパイウェア(日本語版記事)に対する保護機能も追加している。これは、ある種の詮索好きなソフトウェアから個人のプライバシーを保護するねらいによるものだ。
「個人的な情報の開示に限って言えば、(NGSCBの導入によって)状況が悪化する確率はおそらく低いだろうし、場合によっては、改善されることもあるかもしれない。ただ、この技術は今日のパソコンのものと根本的に異なっている。どんな影響が出てくるか、あまりにも違いすぎるので想定が困難だ」とショーン氏は語った。
マイクロソフト社でさえ、NGSCBのすべての詳細を確定したわけではない。技術はまだ開発中の段階だ。この技術は、まずビジネスの世界で使われるものとマイクロソフト社は見込んでいる。導入先の有力候補として挙がっているのは、非常に機密性の高いデータを転送する必要のある政府機関、銀行、証券会社などの組織だ。
メディア企業がCDやDVDといった商品の技術設計を行なう際に、ユーザーがほとんど使っていない技術だけに対応した製品を開発するのは、非生産的と言える。好意的に受けとられなかったり、理解できないと感じられるという理由で、NGSCBは広く普及しないのではないかと考える専門家もいる。
プライバシー擁護派のリチャード・スミス氏は、次のように述べている。「(NGSCB)について一番心配なのは、パソコンが非常に使いづらくなるのではないかという点だ。マイクロソフト社の企業文化(にありがちな傾向)として、技術を過剰に投入して問題解決を計るという姿勢がある。『インターネット・エクスプローラ6』(IE 6)に導入されたプライバシー機能は、この一例と言えるだろう」
「NGSCBについて今まで耳にしたことから判断すると、大抵の人が理解できないため、おそらく利用されないだろう」とスミス氏は語った。
http://news.goo.ne.jp/news/wired/it/20030519/20030519i08.html