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西尾幹二氏:「どうしてこんな国にしてしまったのか」
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投稿者 あっしら 日時 2003 年 4 月 24 日 17:41:15:


題名: 平成15年4月18日     (一)         
投稿者: 西尾幹二(B) /2003年04月18日 22時32分


 4月17日(木)2:00〜3:30、東京駅前の新丸ビル地下1階大会議室の清話会恒例の講演会で、座席300が立錐の余地のない盛会だった。主催者は満足だったと思う。私の演題は「どうしてこんな国にしてしまったのか」である。主催者の要請でつけた題である。50代・60代の男性が聴衆の大半だった。

 ある西洋史の教授が私に教えてくれたのだが、「フランスの『ル・モンド』紙の未来予測では、日本は第三千年期に中国に吸収される」と書かれていたそうである。これからあと1000年先までに起こると予想されている話である。遠い西方から東アジアをみていると、元気のない日本と、やたら野蛮で強もての中国とを並べて、こんな与太話が信じられる雰囲気があるのであろう。

 昨年話題になったS・スティネットの『欺瞞の日』は、真珠湾攻撃のルーズベルト工作説を新資料で裏づけた決定版のような本であった。この説が正しければ、戦争をしかけたのはアメリカであり、日本は罠にはめられたことになる。逆にいえば、日本に第二次大戦の戦争責任はなかったことになる。

 けれども、日本人は今までとは別の意味で自分の無力に深く絶望せざるを得なくなるであろう。日本人は宣戦布告なき卑怯な奇襲攻撃で戦争を仕掛けた張本人だと、さんざん非難され、戦争責任を問いただされていた時代のほうが、まだ救いがあることになりはしないか。開戦はルーズベルトの大掛りな策謀にはめられた罠であったのだとなると、たしかに日本人は戦争に対する道徳的責任からは解放されるかもしれないが、「知的劣等」というもっとひどい自虐を一段と痛切にかんじなければならないであろう。

 どっちにしても日本に救いはない。アメリカ人の元気と日本人の今の国民的気力喪失のほんとうの原因は、いぜんとして先の大戦への対応とその結果にある。「戦後の戦争」はなおつづいているのである。

 これに対する日本人の処方箋は、われわれが怒りを甦えらせることである。過去のアメリカの非道なしたたかさに対する怒り、無邪気であった当時の日本の「目の見えなさ」への怒りを内心に強く、深く抱くことであろう。―――

 私は講演の冒頭で以上のようにまず述べて、イラク戦争が終って、北朝鮮問題に転じるに当って、米中朝の三国会談がセットされ、「拉致」と「核」の脅威を最もつよく受けている日本が会談から外されていることへの日本人としての私の内心の憤りについて語った。しかるに首相や官房長官が三国会談を歓迎し、他方韓国外相が韓国外しに強い遺憾の意を表明しているのと比較して、「戦後の戦争」に敗北しつづけているわが国の現在を哀れにも、無慙にも、奇怪にも思った、と語った。

 アメリカが世界に見せつけたのは、他の国がもう持っていない「戦争遂行能力」だった。ハイテク兵器だけでなく、戦闘中にバグダットの市民のテレビにブッシュ大統領の演説がいきなり流れるようなサイバー戦争においても、アメリカはしたたかな所をみせた。ルーズベルトの謀略戦で示された「智謀の力」がなお健在であることがあらためて証明された。他方、これにひきくらべて目立つ日本の政治家の「政治的単純さ」がもどかしいと、いらだたしくも、悲しいとも、私は語った。

 20世紀の前半であれば、世界の政治会議に日本の欠場はあり得ない。20世紀の後半でも、世界の経済会議であれば、先進国首脳会議がそうであるように、日本の欠場はいぜんとして考えられない。けれども今では政治会議となると、東アジアのお膝元の場所からも外される。中国に立場を譲っている。首相も官房長官もこの流れを良しとしている。若い世代の日本人がこれを見て、中国の政治的優位を当然のことのように思いなして育っていくのが恐しい。

 国連安保理の構成が示すように、1945年からこっちの長い間、第二次大戦の戦勝国が統治者の立場を維持してきた。フランスは実力以上の位置にあり、日本やドイツは敗戦国の屈辱をうけつづけている。今、国連の無効性が問われだして、21世紀の世界政治に一大変化が生じる可能性が出てきたが、しかし中国はいったい戦勝国なのだろうか。私は聴衆に私の疑問を述べた。毛沢東の中国が大陸を制圧したのは第二次大戦が終ってから後の話である。戦勝者であったのは蒋介石である。共産中国が安保理で拒否権をもつ正当な理由はあるのか。

 加えて韓国が日本に対する「戦勝国」を僭称している厚かましさも序でに問題にしておいた。韓国は当時日本だったので、敗戦国であり、韓国人は戦後の償いをされる側ではなく、する側にあるのではないか。少くとも精神や道義においては彼らはそう考えて生きるべきではないか。

 しかし聴衆の皆さん、と、私は言った。わが国は本当におかしくなっていますね。テポドンが列島を越えて太平洋上に落ちたとき、わが国は大騒ぎしました。偵察衛星はあのとき予算がついて、今年やっと実現したのでした。けれども、テポドンはミサイルではなく人工衛星の実験発射であったという北朝鮮の発表があると、国民はだれもそんなことを信じないのに、日本政府や外務省その他公的機関はいっせいにこの解釈に満足し、むしろそれに取り縋って、考えたくないことはそれ以上考えないように努めたのでした。地対艦ミサイルの威嚇が何度かありましたが、防衛庁はただちに「日本に危害は及ばないからご安心を」という、言わなくてもいい声明を出して、国民に危機について考えさせないようにしているのです。

 聴衆の皆さん!と私は言った。皆さんは多分、お酒の席などで、このだらしなさを憤り、「ミサイルを一発くらい受けた方がいい、さもないとこの国は目が覚めないよ」「いや、いや一、ニ発ミサイルを食らっても、なお『憲法改正反対』などと念仏を唱えて、ボーとしているだけじゃないか」というようなたぐいの戯れごとを言い合ったりしたことがおありではないでしょうか。

 会衆の中に、そうだ、そうだとうなづく人々の顔、顔、顔の波をみて、私は国内あちこちで、中高年の男性の間では、こんな物騒な対話が平生に交されているのだと察知したのだった。

題名: 平成15年4月18日     (二)         
投稿者: 西尾幹二(B) /2003年04月19日 15時59分


 講演「どうしてこんな国にしてしまったのか」は、次いで拉致と核のテーマに話題を転じた。

 1992年に私がチェコで聴いた話。日本文学者のフィアラ教授がプラハの新聞に、日米経済摩擦についての記事を書こうとしたら、こんな話を書いてアメリカ大使館から睨まれはしないかと怯え、新聞社はとうとう教授の記事を掲載しなかった。アメリカという新しい権力をこわがったのである。世界中に知られていた日米経済摩擦についての報道記事がなぜアメリカ大使館を怒らせるであろう。けれどもソ連大使館を恐怖していたチェコ人の永年の心の習慣がつづいていて、アメリカ大使館が予測のつかない新しい権力の象徴と思え、怯えたのであろう。

 共産主義の終結とソ連の崩壊後に、東側の人々には「感情のとどこおり」という現象が起こった。今まで冷蔵室にいて、いきなり暖風の中に出ても手足がしびれていて、すぐには動かない。ソ連という敵が消えても、西ヨーロッパという敵がまた現れただけかもしれない。東ヨーロッパやバルト三国の人々は、一つの権力が去り、もう一つの権力がどこにあり、誰であるのかに敏感であった。ロシアを恐れる余り、今度はNATOに入り、EUに属することで、ロシアの恐怖から逃れることができたけれども、NATOやEUには新たにドイツという権力、フランスという権力が存在することを片ときも忘れることができなかった。

 イラク戦争に対しフランス、ドイツ、ロシアが反米に回り、東ヨーロッパ各国とバルト三国が反フランス、反ドイツ、反ロシアに回ったのはきわめて自然な心の動きであった。東ヨーロッパとバルト三国はEUの新しい権力を忌避したのである。アメリカは永い間、彼らにとって遠くから眺めていた“自由の象徴”であった。アメリカがフセインを倒すと言っている道理に何の不審があろう。EUの新しい権力とロシアという昨日までの権力に対する安全保障の支えの可能性を示しているのはアメリカ以外にない。彼らは今回、過度なまでにアメリカの“自由の象徴”を理想化していた。イラク戦後直ちに警護隊を派遣した。

 東ヨーロッパの人は1992年当時、旅行中の私に、「権力の恐怖がなくなったのがにわかに信じられません。西ヨーロッパの新しい権力が何処にあるのかが今わからず不安です。教えてください」とよく言ったものだった。イラク戦争にこのときの感情がそっくりそのままつづいているようにみうける。10年たってまだ「感情のとどこおり」の中にいるのである。

 今回アメリカのイラク攻撃に賛成票を投じた国々の多くは、何らかの形で自国の安全保障に不安を抱き、対米依存心理をもっていたということが観察できる。反対票を投じた国が反米なのでは必ずしもない。カナダやメキシコの例のように、どこからも脅威を感じていない国がアメリカに対しても気侭かつ自由な言動を示したのだ。

 日本のマスコミがアメリカに対して気侭かつ自由な言動を示した――テレビはTBSとテレビ朝日、新聞は朝日がひどかった――のは、自分の置かれている位置の見えない無智のしからしむる処であろう。

 講演で私は、プラハの新聞が日米経済摩擦をついに報じなかったたぐいの、東側共産主義下の被抑圧者の自分を閉ざした、かじかんだ心理をいくつもの例で示した。そして、拉致被害者五人の帰国で、日本人にも今ようやく「壁」の向うに生きている人々の心の現実を少し覗きみることができるようになった、と述べた。加えて、「壁」の向うの狂気が見えず、われわれの法意識や外交常識と同じものが北朝鮮にもあり、われわれの生活の自由がそのままあの国に通じるように思っている人々がいかに多かったか、特定のマスコミにいかに楽天的な、あるいは作為的なオピニオンが多かったかを指摘した。

 当「日録」でもすでにとりあげた朝日新聞「声」欄、作家高樹のぶ子氏の「毎日」の記事などを話題にすると、聴衆の多くが一斉にうなづき、理解の波が広がった。よほど同じ疑問を抱いていた人が多かった証拠である。それなのに同じテレビ、同じ新聞を拒絶する人がいぜんとして少ないというのが私には分からない。以下に今まで「日録」の読者に知らせていなかった一つの新しい情報を記しておく。

 蓮池さんや地村さんに子供を日本に連れて行ってもいい、と向うの当局が言ったという話がある。彼ら両夫妻はきっぱり断ったそうだ。もし連れて行きたいと喜んで申し出を受け入れたら、その瞬間に忠誠心を疑われ、そういうことを受け入れた夫妻の日本行きは直ちに中止となる、と彼らは直観したということだ。あの国の政府が何かをしてよいと言っても、表と裏があり、安直に信じる者は生きていけない。筋金入りの朝鮮労働党の信奉者を演じることのできる心理的洞察力の持主だったからこそ、彼ら夫妻に日本帰国のチャンスがあり得たのである。恐ろしい話である。しかしこれが「壁」の向うの心理的真実である。

 5月10日発売で私は『壁の向うの狂気』(恒文社21刊、¥2600)という本を出す。講演でこの話もしておいた。「東ヨーロッパから北朝鮮へ」という副題をつけた1000枚のルポルタージュである。丁度10年前の旧著『全体主義の呪い』の改版本だが、120枚の、新しい時代に合わせた解説と論評を添え、問題をもう一度分析し直した。

 講演はつづいて「核」問題をテーマにした。

題名: 平成15年4月18日     (三)         
投稿者: 西尾幹二(B) /2003年04月21日 11時08分


 講演「どうしてこんな国にしてしまったのか」は最後に核問題をめぐって一言した。

 私は聴衆の皆さんと得ている情報にちがいはなく、米中朝の三カ国会議でアメリカがどう出てくるかが読めないので、その先のことはまったく私にも分らない。正直にそのことは最初に申しあげておきたい、とまず述べた。

 昨年10月初旬にケリー国務次官補が訪朝して、条件として北朝鮮に突きつけた内容は、ほとんど武装解除の要求に近いものだったらしい。(一)すべての核プログラムの開示、現地での査察を認めさせ、未処理のプルトニウムを封印させる。(二)海外へのミサイルの売却中止、並びに長距離ミサイル打ち上げの実験禁止。(三)大規模な通常兵力の削除(南北双方)、非武装地帯近辺における前線展開能力の削除。以上のほかに生物化学兵器の禁止も含まれるはずだが、はっきりしない。

 近く開かれる三カ国会議でアメリカがこのハードルをかかげたままに臨むのか、ハードルを下げて北が呑み易い条件にして出直してくるのか、このどちらかで情勢は変わる。

 アメリカが高いハードルをかかげたまま一切の交渉に応じない、という態度に出たら、会談は決裂し、北は核開発を急ぎ、やがて戦争になるだろう。勿論その前に経済制裁その他があって、北は倒壊するかもしれない。アメリカがハードルを低くし、核開発の禁止と完全査察の実施にだけ条件を限定すれば、北はアメリカを瞞せる余地があるとみて、妥結を図るだろう。そうなれば、戦争はしばらく遠のくが、拉致は解決せず――最終解決は100人以上の被害者が帰国を果たすことである――日本は金正日体制と国交正常化交渉を再開しなければならなくなるだろう。

 小泉政府と外務省はどうも後者の路線を望んでいて、アメリカにそのように働きかけているようである。しかしこうなると韓国の盧武鉉政権となんら変わらぬことになり、日本は中国=韓国=北朝鮮の大陸勢力に引きずられて、巨額資金を金正日に捧げる羽目に陥る。そんなことを国民が許すだろうか。

 過日石破防衛庁長官との会食の席で、私は微妙な質問を投げてかけてみた。長官は飛来する飛行機はことごとく打ち落とせる体制にしてあるが、ミサイルには対抗手段が今の処ないと言っていた。勿論機密事項だから、マスコミですでに知られていること以上の詳細は仰有らない。相手がミサイル発射の態勢になったら、先制攻撃をしかける以外に防衛の手はない理屈になる。長官はかって、先制攻撃はこういう場合に憲法違反にならないという昔の例を引き出し、国会答弁をなさった。さて、それなら、先制攻撃をしかける手段は日本の自衛隊にあるのか。日本のイージス艦にトマホークは積まれていない。日本に長距離爆撃機は存在しない。どうにもうつ手がないらしい。であれば、今からでも緊急に予算をつけ、一日も早い「うつ手」を確立すべきではなかろうか。

 しかしここから先は五里霧中である。どうなっているのか、これからどうすると政府は考えているのか――さっぱり分らない。国民に知らされていないだけでなく、政府自身も分らないのかもしれない。

 だいたい首相になる人が本当に分っているのかどうかが分らないのが一番不安である。1994年の核危機のとき、羽田首相は、目の前で起こっている朝鮮半島有事の瀬戸ぎわ状況下で、「一般論からいうと、国連がひとつの方向を出せば、わが国も憲法に許される中で協力したい」(『朝日』1994、4、29)と平然と語ったものだった。どこか遠い国で紛争が起こり、日本にも何が協力できるか、他人事のように語る口調であった。

 小泉首相はもう少しましだろうと皆思っているが、本当にそうだろうか。昨9月17日のピョンヤン宣言に署名したとき、彼の頭の中に拉致はあっても核はなかった。例によって、10月16日にアメリカから警告された。それでもなお目を覚まさない。11月4日のプノンペンの日中韓三国首脳会談で、首相は「核問題は直接的には米国と北朝鮮との間の問題だが、日本、韓国、ひいては中国も無関心ではいられない」(『東京』2002、11、5)とやはり他人ごとのように語った。核問題は米国にとってではなく、日本にとって「直接的」なのではないだろうか。

 日本の政治家の「無能」というもの、あるいは「不適格」ということに国民は苦められつづけている。小泉首相はイラク戦争でアメリカ支持を早くに表明し、動揺するこなく、せっかくいい所をみせたのに、イラク戦後の自衛隊派遣に国連の決議を待つなどと言い出して、手に入れたの最初の対米協力をフイにしつつある。

 最近の情報では、ようやく北朝鮮への物資の輸送と送金に対し、監視の体制がととのい、制限が始まっているらしい。しかし、それもこれもアメリカの要請によるといわれる。日本からの金で北がミサイルを作り、そのミサイルで日本は脅かされている。それをアメリカの要請がなければ始末できない。自分の意志では自分の不始末を片付けることもできない。外国の忠告と司令がなければ日本の身にふりかかる危険をさえ自分でふり払えないのだ。まるで準禁治産者か、終身介護を必要とする障害者のようである。

 日本はどうしてこんな国になってしまったのか!


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